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2006年12月17日 (日)

農学者飯沼二郎の目  5

(昨日からの続きです。)

 未來社でコピーするために、差し当たり遺稿原文の「実態調査」だけを田口さんが借りて持って行くことになった。

 「『実態調査』全部を持って行きたいけれど、重たいので今日持って帰れるのは、せいぜい七冊が限度でしょう」
 こう言って、田口さんは七冊分を重ねて紐で結び、下げ袋に入れた。重さを手で量り、
 「これくらいなら持って行けそうです」
 すると、飯沼先生が、

 「世界にたった一つしかない資料ですよ、しかも二度と調査することができない貴重な資料ですから、紛失しないように、注意して持って行ってくださいよ」

 と、横から心配そうに言われた。

 私の自宅に来られて、父の遺稿をご覧になられたときの感想を、飯沼先生はあとで、未來社が発行した『朝鮮半島の農法と農民』のPR用の「内容見本」の中で、次のように述べておられる。

 ところが、突然、昨春(1990)、未來社社長の西谷さんから、高橋昇氏のご遺族から遺稿出版の話がもちこまれてきたので、それが果たして出版に価するかどうか、専門家の目で確かめてほしいというお話があった。編集長の田口英治氏と二人でお尋ねした福岡県八女市の昇氏の子息の高橋甲四郎家の広いお座敷一杯におかれていた資料は、予想を越えた膨大なもので、当時の朝鮮人農家の一戸一戸を綿密に調査した、今では全く得がたい資料であり、私は驚喜し興奮した。(中略)
 日帝下の朝鮮人は、ほとんど農民であった。ところが、当時の朝鮮農業の具体的な在り方を示す資料は、きわめて僅かで、しかも断片的なものに過ぎなかった。今回出版されるこの朝鮮全域にわたる資料は、農業はもちろん社会学・民俗学その他にとっても貴重であり、日帝下の朝鮮研究を画期的に推し進めることになるであろう。しかし、それだけではない。私は四十五年の農業研究の結果、昔からその地で行われてきた伝統に基づいて近代化すれば農業は必ず発展し、伝統を否定して近代化すれば農業は必ず衰退することを確信するが、この資料は、ただ単に過去の朝鮮農業の姿を具体的に知らせるばかりでなく、また、今後の韓国・朝鮮農業の真の近代化の基礎をも明らかにすることになるであろう。

高橋甲四郎著『父の遺稿』(海鳥社2001年)から引用。

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