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2006年11月 3日 (金)

目通り61年

樹(立ち木)を調べていると、よく「目通り何メートル」という表記にぶつかる。これがわからなくて、調べればいいのに調べず、ずっとああでもないこうでもないと思い続けてきた。たとえば最近では、熊本の相良(あいら)観音の駐車場のナギについて書いたとき、ナギ検索で出てきた熊野のナギの大樹http://www12.ocn.ne.jp/~toukai/meiboku19.htm、目通り3・5メートルとあります。

さいしょ、目通りということばから、こういうことを考えました。人がその一本の樹木を全視野に入れるのに必要な樹木からの距離。おおきな樹ほど下がって眺めなければならないから・・。でも、そうなると、あるとき「目通り周囲全長」などいうややこしい用語にも出くわしてしまい、どうも違うようだぞと怪しくなりました。で、やっと今日きちんと辞書で調べたら、目の高さでの樹の太さ、直径で表す、と書かれています。なーんだそーか。最初の定義は、なかなか哲学的で詩的で、われながらかっこよかったのに。

ぼおっとしていると、同じ本をなんども借りてきているということがあります。一度読んでたのに又借りてきてた。ちくま日本文学全集の「寺山修司」。で、前から気になっていたんですが、この巻末の編集部作成の年譜にある、昭和二十年の項、修司九歳、青森大空襲にあう。父、セレベス島にて死亡。古間木小学校に転校。-というの、本当だろうか。詩人嶋岡晨の随想で、寺山修司にある日自分の父親の経歴をしゃべって、盗まれたというような話が書かれていて、それが確か父親がセレベス島で死去というものだったと記憶する。なんという題の本かは記憶していないので申し訳ないのだが・・でも、そういうことを寺山修司はやりそうで、これ、自作の年譜と思っていたので、それを確かめたかったのだろうか、又借りてしまったのは。・・われながらどうでもいいことをと、みみっちくもある。

 セレベス島:http://www003.upp.so-net.ne.jp/yety-01/a010.htm

 この夏もひたすら生きて海軍橋   高尾芙蓉(西海市)
 夏越粥ひとり平和を祈る日に     〃
 るいるいと自生え南瓜や生死論   〃
 夏星の冴えて夫のハーモニカ    〃
           俳句誌「拓」15号より

こういう句を無常の想いの深い句と呼びたい。いくつも「問い掛け」を発したくなる、わたしにはまぶしすぎる句たちです。

 佐世保海軍橋:http://www.geocities.jp/masa030308jp/ireitabi/tabi1.htm
 夏越粥:これは検索では出てきません。
私が八女に残る天文年間の100首和歌を調べていたとき、「あらにこのはらえ」というのが出てきまして、くづし字辞典を必死でさがしたけど読めませんでした。とても苦労して、結局、柳川古文書館の学芸員に尋ねてやっとわかったのですが。それが夏越の祓、なごしのはらえと同じ行事でした。あらにこのはらえは荒和祓と書いてあります。六月末にする禊=みそぎです。半年に一回づつ、みそぎをしたのですね、むかしの日本人は。長崎の人たちは、原爆忌をいまもとても大事になさっていて、それがみそぎとおなじ行事になっているような気が私はしています。

 追伸:夏の七月八日におまいりにいった靖国神社の写真を以前アップしましたhttp://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_638c.html#commentsが、あの提灯について、興味深い記事が上の佐世保海軍橋の慰霊の文章を綴っておられる方のブログにありましたので、引いておきます。偶然なんてこの世に一つもないという気がしますよね。http://www.geocities.jp/masa030308jp/mitama2004/intex7.htm

     http://www.geocities.jp/masa030308jp/mitama2005/intex3.htm

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