無料ブログはココログ

« ある俳人の戦記 | トップページ | わが母校、福島高校のこと »

2006年11月19日 (日)

寒昴

      寒昴

            村中 秋天子

震え字の戦友遺筆となる賀状

ガ島に飢ゑし吾や吾妻の七種粥

思はざり生きてふるさと寒昴

春炬燵兵の覚えし針づかい

鶴帰り定年近づく子の無口

百年は早い千年杉植ゑる

足があるまだ動く手も春田打つ

卒業の作文テーマは思ひ遣り

杣の弁当ひと粒残さず初鶯

子燕のはや首廻し羽繕い

軍人勅諭まだ暗記して四月馬鹿

父居し座母の座猫の座端居して

そっと出す身障手帳灸花(やいとばな)

泉あり米塩ありて明日がある

バラバラと帽子に落ちる毛虫焼く

毛虫焼きまず喉痒くみな痒く

ガ島戦子にも語らず終戦忌

生涯を顔に書いてる敬老会

座りゃんせおらとおまえの日向ぼこ

大正昭和平成と生き日向ぼこ

   湯野俳句会誌「しろがね」27号より

« ある俳人の戦記 | トップページ | わが母校、福島高校のこと »

コメント

せつせつと語るでもなし、ぐたぐたとしゃべるでもなし、こういう内容を詠むのに、俳句と言うのは実に合う形式だと思う。ぐっと締めて余韻に語らせるというか。きっと伝えたいことは山のようにあるのだろうけれど、言葉に出したとたん妙にしらじらしい感じになることってあるから。大変なご苦労をされたんだろうな、とつくづく思います。

うんうん、ほんとに同感。
わたしもこの句風になんともいえない感慨を感じました。ぜんぜんきばっていない。仮名遣いなんてこの世代の人らしく新旧入り混じっている。でも、そんなことはどうでもいい些事だ。きもちが深い、思いが深い。あらゆることを突き抜けている大人の句だと思いました。
 百年は早い千年杉植ゑる
 杣の弁当ひと粒残さず初鶯
 ガ島戦子にも語らず終戦忌
 

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 寒昴:

« ある俳人の戦記 | トップページ | わが母校、福島高校のこと »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31