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2006年11月30日 (木)

黛まどか

西日本新聞で黛まどかをゲストにしたトークショー、ペリカン・カフェ紙上ライブを読んだ。ゲストが好きな音楽を指定、それを背景に聞き手の梁木靖弘との会話を、会場にいる人たちが聞いて楽しむというものである。

読みながら、この人は花があるなあと感心した。きれいな女優さんみたいな感じの俳人で、それが俳人としての才能の邪魔をしているきらいがあるように思える。いつだったか、連句誌れぎおんで、黛まどか特集を前田圭衛子編集長が組まれたことがあった。私も書いた一人だが、そのときに集まった文章を読むと、どれもが批判的なものだった、と言ってよい。あとでものすごく反省したのだが、それはどういう意味かといえば、人は、ただ美しいというだけであなどる。嫉妬がはたらくからだ。しかし、それはこの人の罪ではない。

  帰りにはなくなつてゐる豆筵  黛まどか

  句集『花ごろも』所収

この句を読んだとき、おやっと思ったことをはっきり覚えている。類型句があるかを私は知らない(というのも、特集記事で、自分の俳句にそっくりの句が沢山ある。なぜ美人で若ければよく、年増だと不可となるのは腑に落ちない・・と書かれた評者もあったから)が、とても動きがあって、観察眼が働いていて、いい句だなあと感じた。

豆を干した筵が、自分が通りかかったときには広げられて日を吸っていたのに、帰路同じところを通ると、もう片付けられていた。ただそれだけの句なんだが、その道がどういう道か、作者の目にとまった農家の庭のたたずまいが、あざやかにイメージされる。簡潔に一つの風景を表現できうる俳人は、そうそういないのである。私は、黛まどかをすごいと思う。・・これ、ただ一句で。

ちなみに、まどかさんが選んだ曲は、サザンの「Oh!クラウディア」、バティ・キム「イビョル(離別)」、安田祥子「浜辺の歌」、映画「昼下がりの情事」より「魅惑のワルツ」、ジョン・レノン「イマジン」。ほかに大瀧詠一やユーミンの名も挙がっていました。

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