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2006年11月21日 (火)

スミサクさんの原風景ー地蔵盆

堺市の川柳家・墨作二郎氏から毎号頂いている『点鐘』が、二号分たまった。西日本新聞文芸欄のファンであるが、その引用も最近やっていない。もっとも、紹介しようという魅力を覚える作品には滅多に出合わないからでもある。その川柳選者の先生が新年度から代わる。岸本吟一氏はご病気らしい。今回の「点鐘」119号の編集後記を読むと、スミサクさんも満80歳になられ、足が弱って整形外科医にかかっておられる由。驚くべし、「点鐘」は次の120号で20年を迎えるという。ということはスミサクさんは還暦のときに点鐘を創められたということになる。

前から書こうと思っていたことを、今日は書いておきたい。あれは100号に、こんなスミサクさんの作品があった。

       地蔵盆
              墨 作二郎(堺市南旅籠町)

焼跡の夕焼けのお地蔵さん祀る

鼻欠け顔欠けお地蔵さんによだれかけ

居眠りの母が浮かんで お地蔵さんにお茶

お地蔵さんの西瓜に蝉が啼いている

子供提灯あかあか逢えない顔揺れて

リンゴ酢が効いているお地蔵さんの肩

   (「点鐘」100号、平成15年9月)

読んで、この世界を知っていると感じた。

思い出したのは、博多の川のそばの町。住んでいたのは、山笠のやまがめぐる町ではなかったけれど、夫の職場がそこにあり、付き合いで毎年山を舁いていた。その山を舁く(かく)という行為は命がけであり、当時夫は何かに憑かれたようにして山をかき、町内の人たちと近しく付き合っていた。こどもはまだ長女と長男しかおらず小さかった。山笠が終り、しばらくすると地蔵盆があった。時期はたしか八月中旬だったように思う。一二度、夫に連れられて子供と出かけた日の記憶が強く残っている。湾口も遠くない大きな川のそばで、質素な古い家並みが忘れられたように残っている一画に小さな祠があり、古いお地蔵さんが祀られていた。赤い涎掛けをして、地元の人たちから大事にされて。おまいりをすると、昔ながらの駄菓子をこども一人に一袋ずつくれた。そうして他には何もないのだった。露店が出ているわけでもない、ひっそりかんとした、しかしながらその一画では昔からずっと大事にされているのがわかる祭りなのだった。

わたしがこの記憶を大事にしまっているのは、それだけの理由ではない。そこにおまいりしたときに感じた空気は、小倉に下宿して住んでいた娘時代の記憶を蘇らせるからである。私は受験に失敗してお嬢さんが行くミッションスクールに通ったが、こころはどいなかの百姓の娘であったし、そういう目で世の中をみることしかできなかった。だから、最初に下宿した家賃が二万近くするお医者さんの家の間借り生活は、豊か過ぎて窮屈であり、そこで偶然いっしょになった同じ学校に通う豊後高田の子と二人で別に家を見つけて住み始めた。古い小さな家一軒が二つの所帯用に区切られていて、二つの部屋と炊事場、厠がついて月に八千円という破格な家賃だった。そこで私たちは交代で自炊をし、小倉の魚町でアルバイトをして働き、朝日新聞を毎朝よみ、月に一回は教会に行き、学校に通い、社会部で無医村研究という名のごっこあそびをした(いまにしておもえば)。

学校はシオンの丘と名づけられた丘の上にあり、そこまで歩いて通ったが、途中川のそばの古い家並の横をとおった。活気ある町に忘れられたようにしてひっそりと息を殺して建っているかのような家家。その一軒にてんぷらのおいしい総菜屋さんがあった。学校帰りによると、きさくなおばさんが魚の白身フライを包みながら、「ああたたちゃいいねえ。うらやましいわあ」と言っていたのを思い出す。なぜうらやましいのかが、わからなかった。いまもわからない。でも思い出すとき漂う空気は、スミサクさんの句の世界とも、博多の地蔵盆の世界とも、寺山修司が書いた子供時代の地獄の記憶とも、どこかでつながっているような気がするのである。

この地蔵盆というのが、どういう民俗によるのかを私はまだ調べていないし知らない。八女など筑後地方には残念ながらないのだ。
スミサクさんの一連の句の世界は、戦争の焼跡を連想させ、また、阪神淡路大震災をも連想させる。どこかに地獄の風景を内包するがゆえに、お地蔵さんの涎掛けの色は業火の色となり、句は苦界浄土のおもむきを呈する。

それにもう一つの世界を付け加えておきたい。先日、八女の戦没者慰霊祭で見た広島の被爆を扱った映画の『おこりじそう』である。画面はしじゅう雨がふるような古いものだったが、思わず知らず、涙がこぼれた。

 地蔵盆が済んで月夜を転がって   墨 作二郎
                     ( 点鐘119号、平成18年11月)

※ 地蔵盆:http://allabout.co.jp/family/ceremony/closeup/CU20040810A/index.htm

       :http://kouhou.city.kobe.jp/kids/data/kb/kb03/kb03025.htm

       :http://www.wombat.zaq.ne.jp/butuniti/houwa22.html

 おこりじぞう:http://www.wombat.zaq.ne.jp/butuniti/houwa18.html

 福岡大空襲:http://www.nishinippon.co.jp/news/2004/daikusyu/
 小倉大空襲:http://ja.wikipedia.org/wiki/%e7%88%86%e6%92%83

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コメント

地蔵盆旗

検索でこちらへみえています
ほんとに 旗飴 というのがあるそうでした

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