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2006年10月16日 (月)

さっちゃん

あさ、テレビニュースで、童謡「さっちゃん」を作詞した阪田寛夫氏のことがちょっとだけ放映されてました。あのさっちゃんは実は作者が幼稚園時代に思い続けた初恋の人だったというもの。

それは別段おどろくことではないのですが、それを明かされたのが亡くなる数日前だったということに驚きを禁じえませんでした。それまではずっと、さっちゃんはだれか、隠されていたという。

そうか、あの作者ならそうだろうなあと思いました。

この阪田寛夫という文学者のかわいらしい小説を一つだけ、知っています。たまたま最近読んだのです。北村薫の集めた愛に関する短編アンソロジーに入ってました。小学生の恋です。ぼくはピアノが上手な女の子に恋をしていて、でもライバルがたくさんいて。ある日、発表会の歌を作らなきゃいけなくなる。歌詞を考えるぼくと恋敵。ライバルである腕白少年が先にささっと作ってくる。それがその子の普段からは想像もつかないほど、まじめでよい子風で、でもやっぱりへたくそで。それを読んでしまった作者とおぼしき優等生のぼくは、その夜、夢にうなされる。彼女があっちの歌がいいと言ってあっちに決定して、ピアノを弾きながら、みんなでその子のみょうちきりんなうたを合唱している、というゆめ。

・・・そこで話はおわるのですが、こどもながらも必死の恋をしていて、女の子に対する思いより、ライバルと張り合うときのきもちが絶妙に描かれていてすばらしい。そのとき初めてボクが味わう、自分を相対化するという視線を、理屈ではなく小学生の目線で描いていて、ほんとにそのころのじぶんになったような気がしました。ライバルのうた、お年寄にはやさしくしましょう、と言うフレーズが唐突に出てくる。おかしくもありせいいっぱいでいじらしい。ぼくはそれまでかれをばかにしていたのに、急にふあんになっちゃうわけです。ということは、そのライバルの子の真価をみとめたからにほかならないわけで。読んでいるこっちもぼくとおなじく、その子のへんてこなうたがだんだんよくみえてくるからふしぎです。いっしょけんめいなのが、つたわるからです。そしてそれが他の誰よりわかるから、ぼくは青くなって、夢にまでうなされてしまったのです。

ただそれだけの話なんだけど、いつまでもこころにのこってしまうはなしでした。愛情とはなにか・・という原点があった。阪田寛夫さんはこどものときのきもちを死ぬまで持ち続けた人だったのですね。

それは別にして、さっちゃんといえば、私はすぐ、博多にいたころ近所に住んでいた三男三女のまんなかだった女の子を思い出します。セイタカアワダチソウをこさいで葉っぱを落とし、それを刀にして、さっちゃんとその弟ののぶくんと、うちの長男シンとはよくたたかいました。さっちゃんはやさしい兄弟おもいの女の子だったなあ。いまはもう24,5になるでしょう。結婚してそうな気がします。元気にしていてほしいとおもいます。

筑紫通りを久しぶりに通りかかったら、あのころの空き地はどこにもなくなっていました。郵便局の隣にあった幼稚園の園長先生の畑もです。あそこでシンとのぶくんがせっかく植えてあったかぶをぜんぶひっこぬくわるさをして、おわびにいったことも懐かしい思い出です。神妙な顔で頭をさげる二人の頭をなでながら、園長先生はにこにこと許してくださいました。那珂幼稚園。なつかしくこいしい原点の地です。

※ 偶然ですが、コメントをときに頂きますアストロリコのヴァイオリン奏者麻場利華さんから、ひさしぶりにきのうメールを頂きました。それで思いだしました。大浦みずきさん。宝塚スターだそうです。そして、上記の阪田寛夫のむすめさんですって。利華さんの京都三条ラジオカフェの番組「チャオチャオ、リカ!」を聞いて、知りました。三月のぶんのです。よかったらお付き合いください。ふしぎでしょ。http://radiocafe.jp/b_syoukai/ciao_chao.php?id=ciao_chao

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