無料ブログはココログ

« 歌仙「菊」 32 | トップページ | 歌仙「菊」 34 »

2006年10月12日 (木)

歌仙「菊」 33

ナオ
一  亀鳴くや張りて重たき右の乳  山本伽具耶(春、恋離れ、自)
二    どろどろどろつとぐちやぐちやぐちやと   蛉(雑、場)
三  ああ僕の弔電四時に着くはずの     聰子(雑、無常、自)
四    吹雪の中をサラ金に行く           清志(冬、自)
五  餅を切る手に包丁の食ひ込みて      たから(新年、自)
六    きさらぎになり書く初日記          bud(新年、自)
七  紫の魚棲む昇仙峡の瀞         恭子(雑・場)
八    水の匂ひの消えぬ古寺       都  (雑・場・釈教)
九  学歴とか家柄とか太腿とか       蛉  (恋・半)
十    信夫(しのぶ)もぢ摺ねぢれをとけば 聰子(恋・夏・半)
十一 朝の月あなたが置いた月見草     bud (夏月、恋・他)
十二   ベランダへ出るドア半開き      清志(場) 

ナウ
一 黒人霊歌(ソウル)流れ祈りは海の底に積む (神祇・音楽)
二    やはらか戦車退却します        蛉(場?)
三 酔客はただの茶漬けをご所望に      聰子(雑・他)
四    ぶつきらぼうに目刺のる卓       bud(春・場)
五 初めてのやうにいくたび花待つや     たから(春・自)
六                           清志(春)   

たからさん花句案

1  初めてのように幾年花待つや     自

2  花筏のの字のの字に流れをり     場

3  花の奥忘れえぬ人座りをり       他

きのう夜いただいた匂いの花句です。

俳諧での花がなにをさすのか、さくらということはわかっても、はじめのうちはちんぷんかんぷんです。連句辞典をみると、花は普通一般の花にあらず、賞翫の花であると書かれていて、えっ賞玩の花ちゃなんじゃろうショウガンのはなしょうがんのはな。と余計に混乱します。

とりあえず、先生のおっしゃるように、「こころでは桜の花をイメージしながら、ことばは花で」句をよんでいましたが、なかなかむずかしいのでした。でも、みんなのなかで花句を読み詠んでいると、だんだん花とはなにか、そのエッセンスがしみていくのです。

さて、たからさんの花の句ですが、こころが先行しているのがわかりました。つたえたいことはよくわかります。でも、それをどう表現すればいちばん効果的に伝わるんだろう。常にそのおもいと奮闘しながら、自分の今たっている位置から、全身全霊で表現していくしかないんだとおもう。

その思いがあらわれた1をいただきます。花をまつこころです。澄たから、俳諧に出合って七年目の花句です。

花を待つこころ。

さくら咲くまでの一年眠りたし (太田一明)
花の日に人はいくたび志    (吉田渭城)

2は、川端茅舎の「ぜんまいののの字ばかりの寂光土」の花いかだ版みたいでした。こういう有名な先行句があると、打ち消されて損します。

3は、死んだ懐かしい人が花の奥深いとこに座しているような、そんな味わいの句ですよね。これもいいです。蘇生した人の体験談をよむと、多くの人が、懐かしい肉親がむこうで手を振っていたということを言ってる。それと似たかんじの印象をもつ句でした。じぶんにとって、絶対に切っても切れない絆でむすぼれた人たちがいて、そういう人は忘じがたく、たといこの世で一度も会っていなくても、忘れえぬ。そんな感じを伝えたかったのだろう。一句のすがたはこれがいちばんきれいです。しかし、前句を受けているのは、花を待つこころとおもいました。そういうわけで、ややことばより想いが先行しているなという感はありますが、そこをも買って、花を待ちましょう。

はじめてのように。・・これがとてもいいんですよね。引用した吉田いじょう氏のほかの句に、そういえば、「どの花も一期一会として詠みぬ」というのがあったけど、たから句と似た感慨をよまれたものです。このひとは、花で百句も詠まれていて、どの句もとても立派でした。ことに私がほれたのは、「花にきてなつかしく手を開きけり」です。すごい句だなあとおもった。シンプルなのに、いつまでも残る叙情性がとてもすきです。写真でみたかんじ、やまあらしみたいな髪の毛のおじさんですが、それすらもかっこいい。

原句をそのまま、置いていましたが、何度も読み返しているうち、ひょっとして読み違えないか気になり、より的確な表現である、「毎年毎年、花を初めてのように心待ちにする」という意味で、幾年をいくたびに変えましょう。ちなみにたからさんはまだ若い優雅な女性です。たからという俳号は年寄と思われているらしいので、念のため一筆。

※ はじめから、すこし、みなおしまして、似たところや打越と干渉しあっていたところを勝手ながら一直いたしました。ことに、ばどさんのナオ月で恋の句、有明に変えたりしてみましたが、どうも元の句のあっさりとした中にある、深い思いが捨てられず、なんとかならないだろうかと、れぎおんの前田圭衛子先生にご相談したところ、そういうときは、二月になって書く初日記のほうを変えればいいと助言をいただき、そうだったなあと、二月をきさらぎと変えました。別の項でまた月の座については書こうと思っていますが、有明ということばが、どうも夏の季感でなく秋にしか思えなかったのもあり、それはそうしました。ご了承ください。

鍬塚さんの文字摺り草の句ですが、信夫もぢ摺と変えました。その理由は、日記やことばやらが出ていたので、文字ということばを控えたかったし、草も出したくなかった。
こういう校合をやっていますと、あとから出た句の影響で先に出ていた句が変るわけで、そういう偶然さえもひっくるめて、ふしぎな力が働いているのを感じるのは私だけでしょうか。ここのところ、草に草をすり付けたのは許されるけれど、出てきた連句辞典で「すりつけ」という付句のわざについてよく調べたら、同種の草はいけないと書かれていた。でも、芭蕉の先例があるので、ことばの字面から草をとりのぞき、そしらぬ顔でおいとくことにします。それに、次の資料をよくよく読めば、もともともぢずりのもぢというのは、摺るという意味なんです。面白いですねえ、ここのところ。そういうことまでわかり、勉強になりました。なんだか、しゃれみたいでおかしくもある。どうかご了承ください。

http://www.bashouan.com/pnShinobu.htm

歌仙「菊」(仮題)

初折オモテ
発句 生きたまま脳に届いて殖えて菊    冬樹 (秋・自)
脇   赤とんばうを放ちやる空        姫野 (秋・自)
第三 三日月に「子とろ子とろ」の響くらん  鍬塚 (秋月・場か半)
四    シナモン味のパンをください     倉本 (雑・半)
五  スカートがはらり自転車から下りて   杉浦 (雑・自か他)
六    早き朝には冴ゆる橋げた       沢 (冬・場)

ウラ  
一  背振山ちぎれちぎれに雪降り初む    澄 (冬・場)
二    よく似た痣を見せ合つてをり      朝世(恋前・半)
三  短髪のうなじはほそき指睦び    bud(恋・半)
四    発泡酒までおまけで釣るか    蛉(夏・恋離れ・自)
五  「親王誕生」こんなところに祝ひ旗 恭子(時事・他)
六    一挺二挺五つ玉十露盤     聰子(雑・場)
七  満月のうしろへ急ぐ馬の群れ    朝世(秋・月・場)
八    刈田狼藉許すまじいぞ      清志(秋・半)
九  啄みてひと声啼きしかちがらす   都(秋・場)
十    言へないことば少年にあり     たから(雑、恋前・他)
十一 黄昏におさげひつぱる花篝     bud (花・春・恋・半)        
十二   ひらきひもとく春潮の渦  恭子(春、恋・場的半)

さっきから打ち直していますが、名残おもてがどうしても、先へいってしまいます。笑
何回やっても制御不能。よみづらいでしょうが、すみません。でも、これって、意外と正解かも。

« 歌仙「菊」 32 | トップページ | 歌仙「菊」 34 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 歌仙「菊」 33:

« 歌仙「菊」 32 | トップページ | 歌仙「菊」 34 »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31