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2006年10月 1日 (日)

歌仙「菊」 28

お求めの句を付けられなくて 杉浦清志 (09/30 15:15) NEW
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ごめんなさい。それで結構です。

 スカート句や片仮名句については、私は姫野さんとは考え方が違います。というか、感覚が違うのでしょう。あんまり気にしません。というか、なりません。

 新総理が所信表明演説でカタカナ語を多用したのは、国民にわかってもらう姿勢とか、美しい国とか言いながら何で美しい日本語を使わんのじゃ、と思いますが、彼のようなカタカナ語でなく、現代の日本人の生活に溶け込んでいるようなカタカナ語なら全く差し支えない、というのが私の考え。

 1巻を捌くのは捌き手の裁量でよいと思いますが、私が捌く場合は、自分の感覚や思考で染め上げるのではなく、付句してくれる人個々の思考や感覚を出来るだけそのまま生かしたいと思っています。だって自分と他人の思考や感覚が違うのは当たり前で、そういう個性の違う人同士が言葉のキャッチボールをするのが連句の面白さなんじゃないか、と思ってますから。

杉浦先生からいただいた返信です。
あのようなぶしつけで無礼きわまるようなことをいったさばきにたいして、このような穏やかで、やさしい、でもほんとはきつい本質的なことをおっしゃってくださいました。あたまがさがりました。ことに最後の数行、胸をうちます。先日家裏の仙人草を見て詠んだ句、「一喝の声もやさしき仙人草」をおもいださせる先生のことばたちでした。あのまま、先生のとてもよく付いていた、とてもいい句たちから選句して置いていたら、このような先生の肉声がはたして聞けたでしょうか。

まっすぐ、真剣に、勝負するようなかたちで、本音を聞きたかった。不意をついて、ころがりでる本音を、職業や性別やもろもろの人間としてのしがらみを脱ぎ捨てたところにある本質的なはだかのぶぶんを、しりたいとおもった。それが一巻をまくあいだにできなきゃ、何もしないほうがましだとおもった。風のなかにはだかで立つのですから。

あなたが求める句を想像するのは難しい。
月に季節を求めるのは無理なような?
夏の月なんて思い浮かばない。恋と月だけで考えてみました。

ためらいに立待月がついてくる

しのびあう朝露に濡れ月が泣く

朝のドアあなたが置いた月見草

上記は、ばどさんから届きました。たいへんなときにご無理を言って、失礼いたしました。
一句目、「立待月」は仲秋の季語、月の出が午後七時ころの月で庭などで立って上る月を待つという、とても風流な季語です。川柳人であるばどさんが、月をどうみておられるのかが少しわかります。私はこのばどさんを、川柳人倉本朝世さんのブログ、ノーマークで知りました。いまどきこのようなはだかのむきだしの純粋な人がおられるってことが驚きでした。あまりのことにずけずけと言って、傷つけたこともあります。人はじぶんの理解をはるかにこえる人にたいして、攻撃的になるか無視するか軽蔑するかのいずれかでしょう。わたしは、ばどさんをわからないけど、知りたいとおもいました。そうおもったのは、「しまった傷つけてしまったぞ」と思ってからです。(農業土木参照)

  見てるかな小さなぼくをお月さま   bud

たしか、こうだったとおもいます。いつかノーマークで見たばどさんの月です。三人の子と妻と別れて、、一人、はちゃめちゃ無軌道無頼の暮らしをなさっている人の句です。なんとなみだがでそうな月の句でしょうか。これが五十を五つもすぎた大のおっさんのよむ句でしょうか。こころがふるえました。

はだかで風のなかにたつのです。人はみな。

一句目はばどさんのいまのためらいそのまま。二句目、いただきます。三句目、これが一番のできでした。これをいただきたかった。しかし、草がまえにでています。すぐ前ならすりつけでウツリ手法でいいかともおもいましたが、。

歌仙「菊」(仮題)

初折オモテ
発句 生きたまま脳に届いて殖えて菊    冬樹 (秋・自)
脇   赤とんばうを放ちやる空        姫野 (秋・自)
第三 三日月に「子とろ子とろ」の響くらん  鍬塚 (秋月・場か半)
四    シナモン味のパンをください     倉本 (雑・半)
五  スカートがはらり自転車から下りて   杉浦 (雑・自か他)
六    早き朝には冴ゆる橋げた       沢 (冬・場)

ウラ  
一  背振山ちぎれちぎれに雪降り初む    澄 (冬・場)
二    よく似た痣を見せ合つてをり      朝世(恋前・半)
三  短髪のうなじは白き指睦び    bud(恋・半)
四    発泡酒までおまけで釣るか    蛉(夏・恋離れ・自)
五  「親王誕生」こんなところに祝ひ旗 恭子(時事・他)
六    一挺二挺五つ玉十露盤     聰子(雑・場)
七  満月のうしろへ急ぐ馬の群れ    朝世(秋・月・場)
八    刈田狼藉許すまじいぞ      清志(秋・半)
九  啄みてひと声啼きしかちがらす   都(秋・場)
十    言へないことば少年にあり     たから(雑、恋前・他)
十一 黄昏におさげひつぱる花篝     bud (花・春・恋・半)        
十二   ひらきひもとく春潮の渦  恭子(春、恋・場的半)

名残おもて

一  亀鳴くや張りて重たき右の乳  山本伽具耶(春、恋離れ、自)
二    どろどろどろっとぐちゃぐちゃぐちゃと   蛉(雑、場)
三  ああ僕の弔電四時に着くはずの     聰子(雑、無常、自)
四    吹雪の中をサラ金に行く           清志(冬、自)
五  餅を切る手に包丁の食ひ込みて      たから(新年、自)
六    二月になつて書く初日記           bud(新年、自)
七  むらさきの魚棲む昇仙峡の瀞         恭子(雑・場)
八    水の匂ひの消えぬ古寺       都  (雑・場・釈教)
九  学歴とか家柄とか太腿とか       蛉  (恋・半)
十    文字摺草のねぢれをとけば     聰子(恋・夏・場的自)
十一 しのびあふ朝露に濡れ月が泣く     bud(恋・夏月・半)
    朝のドアあなたが置いた月見草
    
十二                         清志(雑) 

置いてみました。なんて月見草の句のすばらしい。余白があり、情感があり、おもいやりそのもののかたちで、一句が存在します。はたして、こんな句が、連句人に出せるか。出ないでしょう。式目があるからです。月の座に草はないだろうと。または、月がさわるからと宵待草にチカンするか。でもこれは月見草だからいいのだ。

杉浦先生。ご相談ですが、前句を受ければつきみそうがよく、さわりをおもえば、朝露句になります。こういうとき、さばきはどうすればいいんでしょうか。わたしは草をいただきたい。そして、次の先生に書割の月をあげてもらいたいとおもいます。お考えをお聞かせください。

あさ早くから、たぶん四時くらいから、五句目のスカートの件を再考し再考し、もうわからなくるくらいに再考し、はたと浮んだ「紺袴」に飛びついて代えてみたけど、だんだん自分のやってることが、ちっぽけな瑣末なことにおもえてきて、ああもうスカートのどこが悪いんじゃ、どこが軽いんじゃ、いうてみいというきもちになってきました。だから、また、もどします。ここまでやって、はじめて、自信をもってこの句を世に出せる。じっと、オモテブリについて考えてました。

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