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2006年9月13日 (水)

ばどさんへきる仁義

ばどさん。コメント欄に入らなかったので、ここに書きます。

ばどさんの書かれた句の選択をした文章がとんだ(一生の不覚)ことも含めて、私はばどさんにどうやっておわびしていいかわかりません。
でも、二年も連句をしなかった時点から急にこんなパソコンで連句をしようと思い立って始めて、ばどさんが入ってくださったことがどんだけうれしかったか。あっさむさんや矢島さんや蝶野さん、くろさん、それといまわしさんやけいぼうさん。みんなみんないっしょに連句が巻きたいんだよね、実をいえば。

以前思い切りばどさんに失礼なことを言った。それをずっと悔いていました。だから、いっしょにできることがすなおにうれしかったのです。
式目と句のみさだめと、作者のきもちと、どれをいちばん尊重するか、作者のきもちです。ばどさんの句の「白」にこだわりたいとおもった。ふつうは、あさよさんもコメントくださったように、雪が前の前(これを打ち越しといいます)にあるので、そのイメージを損なわないように雪を思わすようなものは「雪にさわる」といって慎むから、さばきは別のいろをだすとおもいます。でも、別にかまわないじゃないかとおもった。で、そうやって進んでいたら、これが座じゃない悲しさ、時間のずれと偶然で、こういうことになってしまった。あさよさんの魅力的な句が付いたとき、鍬塚さんのブログや発句をいただいた蜻蛉さんのブログをよんで、ノイズの魅力、ありのまま、偶然、そういうことすべてひっくるめて全部肯定することにきづかされ、ええくそもうサワリとかしったこっちゃねえと、いったん、もとにもどしたんです。おぼえておられますね。あれはそういうきもちでした。
ところが、そうやると、先がどんつまることも頭のどこかにはあった。秋と春を俳諧では大事にしているのか何なのか、夏・冬より多く続けるのですよね。といっても、意味不明かな。秋も春も普通三句以上続けなきゃいけない。夏・冬の句は一句か二句ですてるのに。季語のある句と季語のない雑(ぞう)の句が交互に織りなされるときのきまりなんです。
それをおもうと、裏の十一句目でよむ花(一巻で二番目に重要な花、しおりの花といいます)があることをさばきは常に意識していなければならない。なのにそれをぼおっとして怠った。
杉浦先生は偶然か意識的にか、なにもかかれていませんが、それを危ぶまれて、秋が早く始まる一直のほうに御自分の句をつけてこられたのだと思いました。
これが座でやるのなら、こんないやなおもい、ぜったいさせないのになあとおもいます。どうかおゆるしください。
ことばでは、おもったことかんじることのちょっともつたわらない。
ばどさん、どうか恥をしのんでお願いします。さばきの未熟を助けるとおもって、最後までつきあってください。こういう抜けた横着なさばきではありますが、最後までみすてないでやっておくんなさい。これに失敗したら、ネットで連句、やれないとおもう。

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