無料ブログはココログ

« 切字論、川本皓嗣 2-1 | トップページ | 歌仙「菊」6 »

2006年9月 4日 (月)

歌仙「菊」5

歌仙「菊」(仮題)おもて6句目

発句 生きたまま脳に届いて殖えて菊    冬樹 蛉

  脇    赤とんばうを放ちやる空       姫野 恭子

第三 三日月に「子とろ子とろ」の響くらん   鍬塚 聰子

 四     シナモン味のパンをください     倉本 朝世

 五  スカートがはらり自転車から降りて    杉浦 清志

 六句目案 (冬)    沢 都

    冬海原に大鳥(おほとり)の影        沢  都

  ○ 早き朝には冴ゆる橋げた  

    秒針の音消ゆる凩(こがらし)

六句目に何を置くかで、前句の女学生もおもて全体も決まる。ここは大事なところでした。そこで、景の句がとても上手で、生まれながらの俳人格だと常々仰いでいる、連句会亜の会の同志にして、わがご近所の底力でもある沢都(さわ・みやこ)に依頼しました。はい、歩いて三百歩?くらいの距離です。我が家から、南へいけば澄たから、東へいけば沢都・・ってなもんです。私の大事なありがたい俳縁仲間です。

さて、選句ですが、どれもよく引き締まった景気(けいき、叙景句のこと。場=ばの句)の句ばかりです。この人に頼んで間違いなかった。おもて五句を反省すれば、すこしく人情句(にんじょうく、人間が出てくる句。人情自=にんじょうじ・自分が主語の句、人情他=にんじょうた・自分以外の他人を詠んだ句)が多いので(第三は叙景に近いけど、子どもの声が聞こえるので、やはり人情句だろう)さらりと景気の句を出して、裏へ流したい。

早き朝には冴ゆる橋げた

これをいただきます。大鳥の影、これは大景でゆったりとしてイメージゆたかな句柄です。最初、これかと思って六句うちながめておりましたが、それですと、あまりに強いのですよね。これ一句で前五句が全クリ状態になりそうなくらいの沈黙量をもって立ってます。私にとってこの冬海原の大鳥の影は、発句以上に発句だと感じる句でした。

また、秒針の句は、次からの波乱を暗示するはたらきをしており、これもいい句です。

ところが、橋げたは、そうじゃありません。前句にしっかりついている。都さんはこの女学生の雰囲気を早朝の河風景のなかの橋げたへ転じてくれました。季語は「冴える」冬です。さすがと思う名句です。都さん、忙しく体調もよくないところ、いい句を、ありがとうございました。

※歌仙形式 初折(しょおり)おもて6句、うら12句。

        名残の折おもて12句、うら6句。 

もともと、懐紙を二つに折って、そのおもて、うら二枚に句を連ねたことから発する。初折のオモテはおだやかにはこぶ。発句以外は、神祇(じんぎ、神)・釈教(しゃっきょう、仏事)・恋・無常(生死にかかわる句)・述懐・懐旧などは慎む。ただし、発句が恋なら脇はそれを受けて恋。脇句だけはこの禁忌の番外地扱いである。

ふつう、五句目あたりで月をよむことというきまりがあります。秋ではじめましたので、三句目にだしました。秋の句に月がないのは、素秋(すあき)と言って嫌います。この件に関しまして、以前、私は、宗匠の前田先生に、どうしても自分のさばいている作品で素秋を通したい箇所があることをお尋ねしたことがありました。どうしてもそうしたい必然性があったんです。ところが先生は、これまで素秋とか聞いたことがない、だめです、絶対に秋の句には月を出さなければいけません、との一点ばりでした。ほとほと困ってしまって、私も頑固だし未熟だったし、頭に血がのぼっていたいきおいで、当時くづし字について時々たずねものをしていた猫みの連句会の東明雅先生に相談したところ、言下に「そりゃ、あんたがわるい!!」と一喝されたのを、おもいだしました。素秋はいけない。以後、わたくしの脳裏には、たとえ何があっても秋には月だ!と、こびりついております。連句とは、そういう世界です。

次の裏一句目(折立句)を澄たからさんにお願いします。樹の俳人ですが、ぼんぼり連句に参加してくださいました。きちんとした句をかける人です。裏で、何を詠んでもいいとはいえ、立て句ですから、きっちりいきたい。冬を二句つづけます。いそがしそうですが、声をかけてみます。

« 切字論、川本皓嗣 2-1 | トップページ | 歌仙「菊」6 »

コメント

姫野さん、おはようございます。
今、表六句を読んでいました。
姫野さんの捌きにも納得です。
けど、「スカートがはらり」って
ちょっと「浮きすぎ」な感じがします。
発句がわりとパロディーっぽいし、
その感じに引きずられてるみたいに
見えんこともないし。もっとおとなしい
句の方がいいんじゃないですか?
どうもこの句ばっかし目だってません?

うんうん。笑
でも、もともと旅先からお疲れのところ句を出して下さった杉浦先生のことを思うと、ありがたいです。前田先生であれば、いい句が出るまで、五回でも十回でも付け直しを命じられるけど私はまだとても。
それにね、そういう目で見るからそう見える(ってどういう目じゃ!)けど、さらりと読めば自転車の女学生が今降りたばかりの景です。朝世さんに「ブレーキのない自転車でした」ってヒットがあるけど、それに並ばないにしても、気の張らない、いい句だと私は思い直したなあ。

素秋の句

で、開かれていました

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 歌仙「菊」5:

« 切字論、川本皓嗣 2-1 | トップページ | 歌仙「菊」6 »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31