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2006年9月22日 (金)

歌仙「菊」 21

たからさんから付が届きました。大工さんが夜の八時半まで、とはお疲れ様です。台風もきたし、仕事が押しているのでしょうね。うちのお風呂のときも、最後の日は八時過ぎまでされてました。黙々と。気の毒で、ありあわせで弁当を作ってもたせた。博多の人だったからですが。

付案)

ああ僕の弔電四時に着くはずの  
  吹雪の中をサラ金に行く

1 呼ぶ声も百万ドルの灯も凍れ(しばれ)
2 餅を切る手に包丁の食い込んで(新年)
3 冬惜しむ日付変更線飛べば

選句)
年末・新年の句の2がとても面白いと感じました。堅実で頑固な日常生活。新年を迎えるために、おっかさんが固くなったのしもちを切り分けている。それは金策に走る人の妻かもしれない。あるいは母かもしれない。前句とのあいだに、高倉健がでる映画みたいな味がある。こういう体感的な句は、とてもリアリティがありますね。前に引用した、眞鍋天魚先生の「山鳥歌仙」第三句「春深きサーカスの綱踏みしめて」とその点でおなじです。(句柄は天魚先生のは虚にして実というすれすれのところを、まさにサーカスの綱渡りのように、気をぐっとたわめて詠んでおられますが・・。)たからさんのは真正面から実をうたって、それがそのまま俳諧になっている。ウチコシ句とも切れている。

3ですが、「冬惜しむ」なんて季語はないとおもうよ。確か、春と秋しか惜しまない、伝統の世界では。夏がおわるころいつもうらめしい気分になるので、夏惜しむという季語があればと思ってましたが、歳時記にはない。春秋偏重じゃないかと思うわけです。連句での春秋偏重といっしょで。なにか、そこのところに、秘密があるんだとおもうようになった。暦をしらべて、そうおもった。ずっと大昔は、半年が一年だったんだろうと。その切れ目が春秋にあったんだろうと思います。八女の天文年間の百首和歌の中に、

      氷室
   春秋をわけぬはかりか松かさき
       氷室も夏をほかにこそもれ   松寿

という読めそうで読めない不思議な歌があって、これがずううっと気に引っかかっているわけです。わたしのめちゃくちゃにおかしなよみは、

 春と秋を分ける秤は、それは松の先です。待つあいだ春と秋たがいの季節は仮の冥界にあって出番をまっている。それとおなじように、氷室も、暑い夏をどこか異次元の世界にこもっていなさい。

半年が一年というのは、二毛作だったからだと思う。だから、「かり」は刈り取りのかりかもしれない。よくわからない。さっぱりわからない。ああなやましい。ちなみに、菊という題で詠まれた歌は、

     菊
作りなす砌(みぎり)の菊のした水は
      くむともつきじ万代のかげ    鑑述(この人がボスで、源姓)

話がとりとめなくなってすみません。気になって。3の付け句は、日常のちまちました景を転じるという意味ではとてもいいけど、季語を「年明ける」などに変える必要があります。1は作りすぎた。ということで、まことのある2をいただきます。全体の中でみます。

歌仙「菊」(仮題)

初折オモテ
発句 生きたまま脳に届いて殖えて菊    冬樹 (秋)
脇   赤とんばうを放ちやる空        姫野 (秋)
第三 三日月に「子とろ子とろ」の響くらん  鍬塚 (秋・月)
四    シナモン味のパンをください     倉本 (雑)
五  スカートがはらり自転車から下りて   杉浦 (雑)
六    早き朝には冴ゆる橋げた       沢 (冬)

ウラ  
一  背振山ちぎれちぎれに雪降り初む    澄 (冬)
二    よく似た痣を見せ合つてをり      朝世(恋前)
三  短髪のうなじは白き指睦び    bud(恋)
四    発泡酒までおまけで釣るか    蛉(夏・恋離れ)
五  「親王誕生」こんなところに祝ひ旗 恭子(時事)
六    一挺二挺五つ玉十露盤     聰子(雑)
七  満月のうしろへ急ぐ馬の群れ    朝世(秋・月)
八    刈田狼藉許すまじいぞ      清志(秋)
九  啄みてひと声啼きしかちがらす   都(秋)
十    言へない一句少年にあり     たから(雑、恋前)
十一 黄昏におさげひつぱる花篝        bud (花・春・恋)        
十二   ひらきひもとく春潮の渦       恭子(春、恋)

名残おもて

一  亀鳴くや張りて重たき右の乳    山本伽具耶kaguya(春)
二    どろどろどろっとぐちゃぐちゃぐちゃと   蛉(雑)
三  ああ僕の弔電四時に着くはずの       聰子(雑、無常)
四    吹雪の中をサラ金に行く           清志(冬)
五  餅を切る手に包丁の食ひ込みて          たから(新年)
六                              bud(雑か新年)
七                               恭子(雑)
八                               伽具耶

次は、ばどさんです。
たからさんの句の、うんと力が入って手に包丁の痕がつくようなふんばりをなにか別のものにずらして、この景を翻訳しつつ大きく転じるような句をおねがいします。はじめてのひとになんてむずかしい要求だと自分でもおもう。笑

なんでんよかです。なんでんよか。ばどさんがすきにつけちゃり。
新年の季語をいれて、七七のみじかい句です。

※「冬惜しむ」が歳時記にありました。最近のことらしい。「年惜しむ」といってたのを「冬惜しむ」というようになった、とあります。(しかしこれですと、ウチコシに四時という時間用語があるので、ひかえます。)

ものや場面がつぎつぎに出て変わってゆく。そんななかで、どれだけ「風雅のまこと」をうたうことができるのだろうか。きのう、写した高木さんたちとの歌仙を読み返して、一箇所か二箇所、句が真正面を向いているのがあった。結局、そういう箇所をいくつ獲得するかだろうとおもう。

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