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2006年9月19日 (火)

歌仙「菊」 18

歌仙「菊」(仮題)

初折オモテ
発句 生きたまま脳に届いて殖えて菊    冬樹 (秋)
脇   赤とんばうを放ちやる空        姫野 (秋)
第三 三日月に「子とろ子とろ」の響くらん  鍬塚 (秋・月)
四    シナモン味のパンをください     倉本 (雑)
五  スカートがはらり自転車から下りて   杉浦 (雑)
六    早き朝には冴ゆる橋げた       沢 (冬)

ウラ  
一  背振山ちぎれちぎれに雪降り初む    澄 (冬)
二    よく似た痣を見せ合つてをり      朝世(恋前)
三  短髪のうなじは白き指睦び    bud(恋)
四    発泡酒までおまけで釣るか    蛉(夏・恋離れ)
五  「親王誕生」こんなところに祝ひ旗 恭子(時事)
六    一挺二挺五つ玉十露盤     聰子(雑)
七  満月のうしろへ急ぐ馬の群れ    朝世(秋・月)
八    刈田狼藉許すまじいぞ      清志(秋)
九  啄みてひと声啼きしかちがらす   都(秋)
十    言へない一句少年にあり     たから(雑、恋前)
十一 黄昏におさげひつぱる花篝        bud (花・春・恋)        
十二   ひらきひもとく春潮の渦       恭子(春、恋)

名残おもて

一  亀鳴くや張りて重たき右の乳    山本伽具耶kaguya(春、恋離れ)
二    どろどろどろっとぐちゃぐちゃぐちゃと      蛉(雑)
三  ああ僕の弔電四時に着くはずの          聰子(雑)
四                            清志(雑か冬)
五                               (雑か冬)   
六                                (雑か夏)
七                                (夏月を九までに)

鍬塚聰子付け句案

名残おもて

一亀鳴くや張りて重たき右の乳 
二 どろどろどろっとぐちゃぐちゃぐちゃと      蛉(雑)

イああ僕の弔電4時に着くはずの
ロ清潔な長方形のなかにいて
ハしばらくは貝釦が落ちてます 

北九州市長立候補者の支援団体「笑顔の北九州をつくる会」の代表になったもので、その重責で昨夜は眠れませんでした。明け方とろとろっと眠ったのが気持ちよかった。(鍬塚)

けさ、この付け句とコメントをみまして、うおおっとうれしかった。
くわつかさんは阿頼耶識がひらいておられるとおもう人の一人です。
連句会亜の会の宗匠・前田圭衛子先生もすごいですが、くわつかさんもすごい。
こういう霊的な力というのは、太古のむかしからおんなのちからではあるなあ。
と、感心してないで、選句しよう。そうじゃなくても多忙な人なのに、大変な役を引き受けられましたね。でも、案ずるより生むが安し、うまくいきそうな予感です。

イがいいですよね。前句が空ダメ句?意味不明の擬態語。でも、かぐやさんの授乳期の女性のじつにリアリティーある句につけてあると、あかんぼ相手の日々が鮮烈によみがえる。あかちゃんはそこらにあるものなんでもつかんで、ぐちゃぐちゃどろどろにしてしまうし、そんなものしかうけつけない。あれが口唇期っていうんですかね。・・をうけて、それを涙でぐちゃぐちゃのかんじに一転させた。すごい。
しかも、なんとなく意味がズレているとこが「椿山課長の七日間」を思い出させる。といいますのは、

 ああ僕の弔電四時に着くはずの

「僕の弔電」って、へんじゃありませんか。省略のはての奇妙さとばかりは思えんのじゃよ。自分が死んでて、葬儀を中空から見ているような。単にひとさまに打った弔電が間に合わなかったということなのかもしれませんが。

ロの清潔な長方形は、これもまたとてもいいです。こういう句は、あさよさんが得意とするところで、つまりは現代川柳の得意とするところで、また、鍬塚さんのなさる現代俳句の得意とするところでもある。この部分で両分野は重なる。かぐや句とれいさん句がもつ生理的な原風景を濾過したような、そんなかんじの、自分の位置がくっきり見えている人の句です。これでもいいんです。あつくるしい句やおもたい句がつづいたら、これでぬく。

つぎの杉浦先生にお尋ねしてみよう。ちょうどのときに国文の先生にまわるという幸運。

質問その一
  句の分類ですが、ナオ一の出産や授乳などにかかわる句は恋扱いでしょうか、それとも生死にかかわるから無常なのでしょうか。たしか芭蕉の歌仙の

   いつはりのつらしと乳をしぼり捨て

というのは恋でしたが、それは句柄が恋なんですよね。でもかぐや句は恋じゃありません。考え次第でしょうか。きまりはないんでしょうか。無常句ということばが私はいまいちわかりません。

  授乳期の女性を正反対にたとえていえば、死後四十九日をむかえるまでの霊みたいなものでしょうが(どこがじゃ)、打越に弔電という生死の句があっても、 かまいませんよね。むしろ、前句を軸に回転するおもしろさがあるから。むかし窪田郵便連句で回ってきた作品に、鬼と神か仏だかが打越だったのがあった。その人は今は亡き俳諧学者の白石悌三氏だった。さわってるじゃんとおもったけど、むしろ堂々としているところがきもちよかった。

句の分類なんて知識が増えれば増えるほど、どうでもいいことばかりに気がいって、肝心のことがみえなくなります。だから、、あまり、ルールはこまかく知らないほうがいいような気がします。

しかし、こうしてうちながめていますと、こども関連がおおいです。しらないうちに。なんでだろう。では、よろしくお願いいたします。函館はとおいなあ。
 

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