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2006年8月24日 (木)

ハゼ 3

まだありました。思い出してよかった。

これを書いておかなければ、画竜点睛を欠くところでありました。(そんなたいそうな。笑)

いつもふしぎでならないんですが、私がちょうどその「ぎぎ」のことを一心不乱に考えていたころ、目にした俳人の文章におもしろいシンクロがあったんです。おなじ福岡のおなじ天籟通信出身の俳人で、会ったことはありませんが、名前を存じ上げていました。こういう内容です。

 行(ゆく)はるや鳥啼(なき)うをの目は泪(なみだ)   芭蕉

有名な句です。句のよみも一通りしかありません。鳥がなき、魚の目には泪のあとがあるような、惜春の情をよんだ「奥の細道」の冒頭の句です。

それを筑網耕平という福岡の俳人はーこの句は「行く春や」で切れて、あとは「鳥啼き魚」という名のさかなをよんだものだと思う、というのです。というのも、むかし、自分は川でよくその啼く魚、ぎぎをつかまえて遊んでいたからだ。-と書いていたのです。私がどれだけ驚いたかわかりますか。心底、驚嘆し、それに間違いないと確信しました。そして、そのよみが例の「冬の日」第三歌仙の「はせ」(はけ、が誤記という証拠はないから)にまで繋がっていくような気がしたのでした。

アカデミックなよみでは、中国古典の詩の先例をふんでいる、とあるんですが、私を動かすのは、そういうきまりきったよみではなくて、自分の子ども時代の生き生きした実体験が、句のよみを多層化させ肉付きをよくする、そのことの至福感でした。正解・不正解にかかわらず、こういうよみもあるのだ・・ということが、句のもつ世界をなんと豊かにしてくれることでしょう。

そういう偶然に出合うと、俳句というとてつもない宇宙のひろがりの根っこにあるものと、確かに繋がったような気がして、偶然が必然に思えるのです。

いま一句、同じ芭蕉の惜春の句を引いて終わります。

 望湖水惜春

 行春を近江の人とおしみける  はせを(をしみける、が正しい表記。)

付記/ ぎぎについて、八女を流れる川にもいたらしく、昔、こどもだった人に尋ねるとそういえば、泣く魚がいたような。という返事が返ってきます。戦後、急速に魚は買うものの時代になってからは、川をのぞくこどももいなくなり、気づく人もいなくなりました。

 数年前、大分県の市町村合併で山国町が消滅するのを記念し、「山国町誌」が編纂され、ご一緒に連句を巻いたご縁のある山国町の連句人にいただきました。(国民文化祭の連句大会が以前、このやまぐにまちで開催されたというご縁。町民あげての非常に心のこもった気持ちの良いおもてなしでした。婦人会特製のお弁当がおいしかった!)それには、きっちり山国川の「ぎぎ」の生息が調べて書かれていて、感動しました。誰に伝えようもなく、一人で感動していましたが。(ここにちゃんと書けてよかった。)

参照:http://mudskipper.partials.net/tobihaze02.htm

   http://www.lbm.go.jp/emuseum/tour/aquarium/aq0203.html

   http://pochi21.exblog.jp/3064036

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コメント

耕平さんの「鳥啼魚」説。わたしもそれを聞いて、なるほどと思いました。木に登る魚があるのだから、鳥のように「ぎぎぎ」と啼く魚がいてもおかしくないと思ったからです。「樹」でも、どうも耕平さん風に私は俳句を詠むところがあります。そのほうが楽しいから。楽しくないと書けません。

くわづかさん。ありがとうございます。
斑女の公演は大成功だったみたいですね。見に行けずにごめん。土曜も長崎の爆忌平和祈念俳句大会だったのに、行けませんでした。長崎工業高校の生徒の俳句を読みたかったのですよね。
ちくあみさんのあの文を読んだとき、間違っていなかったなあと思って。何が間違ってないかはっきりわからんのやけども、方向的に感覚的に。

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