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2006年8月19日 (土)

網笠考

 太葱の一茎ごとに蜻蛉ゐてなにか恐るるあかき夕暮     白秋

 君がピンするどに青き虫を刺すその冷たさを昼も感ずる    

 百舌啼けば紺の腹掛新らしきわかき大工も涙ながしぬ      

 いつのまに黄なる火となりちりにけむ青さいかちの小さき葉のゆめ   

 どくだみの花のにほひを思ふとき青みて迫る君がまなざし    

 鳴きほれて逃ぐるすべさへ知らぬ鳥その鳥のごと捕へられにけり  

 網笠をすこしかたむけよき君はなほ紅き花に見入るなりけり    

 どん底の底の監獄(ひとや)にさしきたる天つ光に身は濡れにけり   

 夕されば火のつくごとく君恋し命いとほしあきらめられず     

 市ヶ谷の逢魔が時となりにけりあかんぼの泣く梟の啼く    

 

北原白秋第一歌集『桐の花』より。作者は二十代後半。隣家の人妻、俊子と事をおこし、その夫に「姦通罪」として起訴され、二人そろって服役す。・・・

このうたのなかにみられる鋭く痛いような感受性は、先だってここで取り上げた同じ筑後の俳人、中村マサコのうたと句の原型をなすものだとわたくしはおもう。俳句と短歌では、方法も素材もまったく異なってはいるものの、余韻の味わいにおいては通じるものがある。

それにしてもこれは明治末年のことだが、たしかに姦通罪という罪があったのだ。

網笠の歌は、石橋秀野の『櫻濃く』のなかにも異例の長い前書つきの句があったのを思い出させる。当時の罪人は、人目から保護するために網笠をかぶる慈悲が与えられていたのだろうか。

師走某日、この日判決の下りたる島根県庁焼打事件の被告達の家族、徒歩にて刑務所に帰る被告を目送のため、裁判所横の電柱の陰にたヽずめるに行きあひて 三句(以上、前書)

 網笠に須臾の冬日の燃えにけり  石橋秀野昭和20年

 冷さの手錠にとざす腕かな       

 凍雲や甲斐なき言をうしろ影      

※島根県庁焼討事件は、右派の若者達による、戦争をまだ続行せよという主張のクーデターであったようだが、失敗した。秀野が詠んだ句には、思想犯に対する共感が透けてみえる。学生結婚した年の昭和四年ころから七年ころまで、夫の山本健吉(石橋貞吉)とマルクス共産主義思想にかぶれ地下活動をやって特高につかまり監獄にいれられた、若き日の苦い記憶を蘇らせているのだろう。「須臾(しゅゆ)の冬日」の句の厳しくも美しい韻律は、秀野天性のものだと思う一方、ここまで苦しい思いをしなければ、これだけの句は得られないのだなあ・・とも思う。

 

 

  

  

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コメント

あった。あみがさ考。これさがしてました。
夕されば火のつくごとく君恋し。でしたね。
りっぱです。
ところで、最近アクセス解析していたら、ここへおいでくださった方がいて、網笠は、当時罪人が裁判中にかぶっていたものだと書かれていた。

「響きあう白秋」

1 白秋と福島俊子
を昨日よんだ。手紙や身内の証言をあつめて、ひとつずつ検証していく書き方です。この短歌を写していたので、どういう恋愛だったのかに興味がありましたが、事情がよくわかりました。


市ヶ谷の逢魔が時となりにけりあかんぼの泣く梟の啼く

この歌、初出での下七七は、

きりぎりす鳴く梟の鳴く

だったのだそうです。
歌の効果を考慮して、作り直した(一直した歌)だという。さすがだ、どんなつらいこともみな咀嚼して、芸の肥やしにしてしまうなんて。

検索サイト Google  検索ワード 罪人笠

1位

罪人笠

1位

映画「少年H」、西洋人相手の仕立て屋でクリスチャンの父(水谷豊)が、特高に捕まって拷問される場面がありました。痛そうだった。
ほんとに赤だった戦前の山本健吉は記憶では29日くらい拘留されていたのですが、どんな拷問を受けたのだろう。転向する。

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