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2006年8月28日 (月)

攀じ下りる蟻

俳句に使った「よぢおりる」ですが、http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ray_fyk/diary/dr9810_1.htm#981009を読んで、そういえばそうだとおもいました。筆者の冬樹蛉さんが返信をくださり、書いておられましたが、たしかにスパイダーマンみたいに頭を下にしてがつがつと下りるときは、よじおりるということばしか浮かばないけど、岩登りの人みたいに腰に「ご安全紐」つけて頭は上にした正常な姿のままで下りるのは、よじおりるじゃどうもしっくりこないような気がします。あれは伝い下りでいいんじゃないかなあ。失礼でしょうか。

蟻の句を先日三句ひきました。並べてみて感じたんですが、横光利一の句は、最初に見たとき旧仮名旧漢字だったんですよね。三行の分かち書きです。よみくだせば漢詩っぽい。そして具象の句なのに抽象的、暗喩にみちた仕立だと感じます。それはひもじい戦時中の作品であるからと同時に、「台の上」に一匹の蟻が餓えているという。この台はステージそのものであり、邪馬台国から続く古神道のにおいもかすかにのこし、時間的にも空間的にも垂直軸を大きくとった句です。蟻は私には一匹しか見えない。なぜでしょう。

拙句の「垂直によぢおりる蟻」は一本の線となってぞろぞろと降りていくアリを詠んだものです。見て感じたのは、アリってほとんど体重がない(人に比べれば)から、さかさま向きに歩いても平気なのかな。吸盤もないのによく均等な間隔をとってゾロゾロ続けるもんだなあ。もしかしたら蟻酸ってのを出しながらよじおりてるんじゃないかな・・。とにかく人にはできないことです。頭を下に向けて、へいきへいきで平然とよじおりるなんてのは。

でも、見た目は平気そうでも、ほんとは高度な技術を要しているのかもしれない。これはアリに聞いてみなければわからないですね。なにしろ、この世的にはなにものも重力から自由にはなれないから。笑

冬樹蛉さん。ていねいな返信とトラックバック、ありがとうございました。今しか生きられない時間の法則があるけど、過去も未来も確かに今に入っていますよね。そういうことで、連句的ごあいさつ。冬樹蛉というお名前から連想したこと。

一つ、瀧春樹。(俳句誌の主宰です。季節ちがい。笑)

一つ、冥王星を発見した「くらいど・とんぼう」って天文学者。これはふしぎですよね。暗いど・とんぼう。(「とうぼうの肢も飢えたり二日月」恭子)cried 蜻蛉。蜻蛉は精霊ですからね。で、テレビでいろんな人がそれぞれ勝手な感想を言ってたのを五秒くらいづつ拾ったニュースがあり、ある占い師が「冥王星だからそういう時期もあるでしょう。でもまたそのうち惑星として復帰します」といっていた。おもしろいのは、ほかの惑星はみなギリシア神話だかローマ神話だかの名前から来ていて、それを中国の古代天文学者が漢字に訳したそうで、でも冥王星だけは日本人が訳したそうです。

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コメント

コメントありがとうございます。
親は見守るしかできないですね。

俳句と言えばなぜか
難しく考えたりするんですけど・・・
溶け込みやすいお薦めはありますか?

nami

>暗いど・とんぼう

 おおお、これは意表を突かれました。なんかのネタに覚えておきます(^_^;)。

 「冬樹蛉」ってペンネームは、“冬の樹に季節外れのトンボが留まって、あの大きな眼で沈みゆく夕陽を見ている”という心象風景がなぜかありまして、それを文字にしたものです。手塚治虫ファンなので「虫」の字が使いたかったということもありますが。不思議なことに、そんな風景を見たはずがないのに、なぜか非常に心惹かれるイメージとして私の中にあるんですよ。

 「冥王星」というのも、なんとなく冬のトンボに通ずるところがありますね。伊集院静さんの短篇に「冬の蜻蛉」というのがあって驚いたことがあります。そんな組み合わせを思いつく人がほかにもいるからには、なにか日本人の心の底に流れる共通したイメージみたいなものがあるのかもしれません。

 実際、成虫として越冬するトンボは、日本には三種いるそうです。

namiさん。コメントありがとうございます。おそくなってすみません。もうすぐ夏休みもおわりですね。私立中はあまり休みはありませんでしたが明日とあさってはさすがに休みです。こどもさんが人を恋するようになったって喜ばしいことですよね。親はちょっと離れていいって事じゃない。俳句でもなさったらどうでしょうか。笑
季語を知るだけでもうれしいです。しあわせです。で、おすすめは、まず歳時記を一冊手に入れる。なんでもいいけど、山本健吉編の文芸春秋社から出てる「季寄せ」ポケット版上下セットで二千円くらい。どこでも持っていけるから。ちょっと古風で、妙にカトリック臭があるけど、これが俳諧向きです。
あとは、俳句するより連句をおすすめします。じっさいに座に出て、おしえてもらうのが一番てっとり早いんだけど・・文音(ぶんいん)といって、メールやファクスや郵便で巻く方法もある。連句は俳諧ですが、俳句より視野が広いし、川柳や和歌にも通じる。むずかしげだけど、やってみるとそうでもない。きまりに従えばいいからです。
俳諧専用歳時記「十七季」という歳時記もあります。余裕があればこれも手に入れたい。あとは、こまぎれの時間に指をおってかんがえましょう。小学生みたいな心で。思いついたら、なんでもメモしましょう。できたら教えてくださいね。そんじゃ。

冬樹れいさん。そちらのコメント欄に午前中おもいついて書き込みました。連句が突如、やりたくなった。二年ほどやっていなくて、このままだと忘れそうだった。よかた。そうだった、連句がしたかったんだと思い出させてくれてありがとう。
みんなをひきずりこみたい。ぞろぞろひきずりこみたい。ふかみにひきこみたい。かっぱみたいに野望をもとう!たとえがよくないか。

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