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2006年7月 8日 (土)

靖国

靖国

靖国

靖国

午前中、靖国神社に初めて参拝いたしました。一番下の写真は、拝殿での参拝受付を済ませて、待機している部屋の壁にあったもの。拡大せねば、読めないようです。我が家の大伯父がガダルカナルで昭和18年に戦死していまして、その伯父のおかげで私たちの今の命があることを思うと(亡き伯父のあとに18の父が養子に入ったので)、一度、参拝に行かねばとずっと思っておりました。これで幾分気が済みました。

拝殿は二重になっており、一般の拝殿の裏にもう一つ祈祷所としての拝殿がございました。そこでは、申込用紙に、戦没者の遺族であれば、亡くなった英霊の名を記し、祭主の名と地を記すのです。三々五々集まったところで、打ち揃って神主のあとについて拝殿にあがり、浅葱色の袴の宮司さんはゆったりした間をとって、祝詞奏上のあと、一人ずつの願い事を神様に報告されます。それを参拝者は畏まって拝聴するのでしたが、いろんな土地から、遺族のかたが慰霊のためにおいでで、それが自分と同年輩だったり、とても若い人だったり、あるいは戦争を実際に体験されたかただったりしました。まず、そのことにとても感動する自分がいて、それから、拝殿にぬかづいているとき、大伯父の名が読み上げられるのを聴いて、わけもなく涙が流れました。遺族が最前列でした。隣の男性は両手を床について、頭を垂れたまま、微動だにされませんでした。そういう、微妙で神妙な感情は、初めてで、鳥肌がたちました。深く感動したからです。靖国神社は特別なところだと感じました。

境内は広く、清らかで、鳩があそんでいたり、鶯がきれいな声でさえずったり、蝉がすでに啼きだしていました。

ふっと思い立って、ささっと行って、よかったと思いました。アストロリコの利華さんが東京で公演をなさっていると知り、お会いできればと思ったのですが、連絡があとさきになって叶いませんでした。でも、同時期に、利華さんと岐阜の斧田さんから靖国に行ってきたと伺ったことが後押ししたのは事実です。おかげで良い旅が出来ました。有難うございました。

靖国神社:http://www.yasukuni.or.jp/

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コメント

おかえりなさ~い。そして、ただいまぁ。
東京ではお目にかかれず残念でしたが、なかなかニアミス!?でしたね(^^)
靖国に行かれたのですね。私は、前にもお伝えしましたが、遊就館に両大叔父の写真を納めるのが精一杯でした。拝殿での参拝って事前予約なしにその場でできるのですか?もし、それなら、亡くなった海軍の大叔父の姉にあたる大伯母を靖国に連れて行ったときに、そこまでしてあげれば良かったと悔やまれます。もう、高齢なので最初で最後の靖国のつもりだったので。
次回、私が行くときには、両大叔父の名前を申し込むことにします。良いことを教えていただきました。ありがとうございます。
最近、また新しい本を買いました。読み始めたばかりですが「敵兵を救助せよ!」という題です。昭和17年、大日本帝国海軍の駆逐艦「雷」が戦闘で沈没後漂流している英国海軍の兵士422人を救助した実話です。艦長の工藤さんという方の英断を英国でも讃えられたそうですが、その工藤艦長は岡山県の興譲館中学の出身で、私の父の先輩になることがわかり、これまた感激しているところです。父は、終戦で予科練を除隊後、家族が疎開していた岡山に行き興譲館で勉強をし直しました。
また、私事をいっぱい書いてしまってすみません。今回の東京では、参拝する時間がありませんでした。9月5日(火)に「ティアラこうとう」(東京都江東区)ということろで純粋なアストロリコのコンサートをします。さて、この時には参拝できるかしら・・・

早速、訂正とお詫びです。
なんとも、早合点が得意で困りものです。

前記の工藤艦長が卒業された興譲館とは山形県米沢市の興譲館でした。昨夜、本を読み進め、ガ~~ン!!!  またやってしまいましたぁ (´ヘ`;)
でも、本当に無知の思いこみってコワ~~イ(¨;)  こういことから、ガセネタって広まるんでしょうね。 ちなみに興譲館は藩校がもとで、全国に6カ所ほどあったそうです。 たいへん失礼いたしましたm(_ _)m

あっはっは。つい笑ってしまいました。
同じ名前の藩校ってチェーン店みたいね。笑
乙骨耐軒が二度も学長を務めた幕府直轄の山梨の学校はショウヘイコウの分校で名はキテンカン。興譲館も儒学っぽい名ですし、いくつもあるような名じゃないと思いますよね、普通に考えたら。誤解ごもっとも。おかげで勉強になりました。
それと、靖国神社の祈祷申し込み所は本殿右手の建物にありました。はじめ、そこがあなたの言ったゆうしゅうかんか思った。笑
靴を脱いであがり、緋袴の巫女さんに案内され祈祷申込書を書いて、おきもち(三千円みたいだった、みなさん)を包んで、待合室で啓蒙ビデオを見ながら前の人たちが終わるのを待つ。この間、15分くらい。
そのときどきで違うのかもしれませんが、私の時は男性が七人ほど、女性がもう一人(この人だけが厄年のお払いだった)でした。青袴の禰宜に導かれて例の小泉参拝のとき見る廊下を進み、拝殿に二列に座ります。
独特の気がある。ここのカメラは禁止。
お祓いがおわり下がるとき、廊下の途中に巫女さんが待っていて、お神酒を一杯ずつ戴きます。最後に神饌というおしるしを戴いて帰ります。全部で四十分位だった。

神殿の大きくきれいな鏡が印象的でした。
私はゆうしゅう館には入る余裕がありませんでした。それが唯一のこころ残りです。

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