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2006年7月31日 (月)

まこと忌

「二人日和」を観にいった日の夜、息子を九重のキャンプ地まで車で送った。あの帰りのことがふしぎと頭から離れない。雲が足元から湧いてきて、すごい速さで流れてゆく。来た道の逆を辿っていたはずだった。でも逆のほうへ走っていたらしく、由布院の表示が出る。間違いに気づいて引き返し、今度は逆に走ると、記憶に全く無い道。それで辺りは真の闇。車も通らない。こわくてまた引き返すと、最初行った湯布院へ抜ける道に出た。違うここじゃない、どこかに来た道があるはずなのに。そう思ってあせり、おろおろと四往復ほどしたろうか。

さいごは他の車が通るのを待って、それにくっついて走り、運よく湯布院インターに出ることが出来た。この道に迷っていた時間は一時間弱。

そのあいだにいろんな想いが去来した。

映画のなかで死にゆく人が言った「ここからは自分ひとりでいく」んだということば。四年前、六月の朝、東京に特別な癌治療に行った連句会の同志貞永まこと氏から電話を受けた。声が、前と、全然、変っていた。のどのがんだったから。手術をしたから。その電話が最後だった。「東京の懐かしい友だちに会って、陶芸のまねごとをしたりしていたけど、もうきついよ。今は寝てる。ひめさん、連句(あと数句を残していた。巻いている途中だった)、わるいけど、もうできない・・句を考えようとするけど、なにも考えられない。あたまが・・もうろうとして・・そちらでなんとかしてください・・数日後に、奥さんに迎えに来てもらって大分に帰る、大分の病院に」

この電話を受けて、動揺した。いまわのきわにあるひとを、見舞いたい、と、強く思った。貞永さんがとても可愛がっていた天真実くんにも告げると、姫野さん、ぼくは行きたいよ、大分に貞永さんが帰って来たら、貞永さんに会いたい。お見舞いに行きたい。と泣きそうな顔で言う。

連句会「亜の会」のボス、前田圭衛子先生に相談すると、即座に言われた。

「恭子さん。ここからは家族や。絶対に行ったらあきまへんで。あなたもまことくんも。」

石橋秀野が蝉時雨の中、宇多野療養所に入院した七月二十一日から、亡くなる九月二十六日までの時間。貞永まことが大分の病院に再入院し、今日、亡くなるまでの時間。

  追悼句  鳴きやまぬものみな焚べし夏の月   恭子

  「死は懈怠」  たふれればふみつけてゆく黄蝶かな  〃 

  まこと忌の雲湧き奔る山の果て    〃

   

     

 

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