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2006年7月17日 (月)

八女郡黒木町

八女郡黒木町

この小さなトンネルを抜けるとき、子ども時代に乗った国鉄矢部線を思い出します。叔父が国鉄職員で当時終点の黒木の官舎に住んでいたので、弟と二人、ディーゼルカーと呼ぶ汽車に乗って、泊まりにいくのが楽しみでした。そこでは夕方一定の時刻になると、町中にオルゴールみたいな音色が響き渡るので、とても遠くに来た気がして物悲しかったものです。

八女郡黒木町

スサノウ神社大藤近くの「マルモ醤油店」。ここの「醤油の実」という純もろみを買います。二梅雨寝かせた三年ものを蔵出ししたもので、これをしぼれば醤油になるそうです。いわゆる市販の「もろみ」って甘いじゃないですか。あれが苦手です。聞けば、あの甘いもろみの麹と醤油の実の麹とはまったく違うそうです。醤油のもとを食べるような懐かしい味です。昔むかし自分ちでも作っていた醤油のかぐわしい匂いを思い出します。

八女郡黒木町

ミーハーと思いますが・・・。黒木瞳のファンなので。

醤油屋さんで「女優の黒木瞳さんの実家はどこですか」ときいて教えてもらいました。すぐ近くでした。醤油屋の若大将(と、店員さんは言った)は黒木瞳と高校まで同じだったそうです。写真は黒木瞳さんの実家を通り過ぎたところ。この通りはメーンストリートの一筋南、矢部川寄りです。黒木は小さいながらも城下町だったので、町がちんまりとまとまっています。それにしても、初めて訪ねてみて、ほんとに清流矢部川の近くなのに驚きました。あの川は流れが速くて、とても水温が冷たいんですよね。そこで彼女は毎日まっくろになって泳いでいたんでしょうねえ。山猿みたいでカッコイイ。野生的で。笑

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コメント

先日久しぶりに黒木に帰省しました。醤油屋の若大将とも小学校卒業以来の再会でしたが、誰だか判りませんでした。黒木を含めて筑後地方の雰囲気はいいですよね。

はるなるゆう さま、コメントありがとうございます。
まるで宝塚のような「ゆめとおなじもの」風の優雅なお名前でいらっしゃいますね。
黒木も白木もあって八女は奥深い地だと思います。黒木の地名の由来は知らないのですが、白木は、わがむすめがなぜかシラギと濁って発音するものですから、朝鮮の新羅系だろうと思っています。
醤油屋の若大将。ということは黒木瞳さんと同級生ですか。瞳さんは母上をなくされたそうで、お悔やみ申し上げます。父上も母上もなくされ、さぞやおさびしいことでしょうね。お察し申し上げます。

今日のTVQの「きらり九州めぐり逢い」は黒木町でした。
なぜか杉山洋先生と亜土先生が出演なさってた。

乙四郎。
杉山先生は黒木役場の学芸員さんだったかな、名前をわすれましたが、をすごく買っておられました。
それと、学びの館の管理人さんだったか、も。
学びの館にいきましたか。
一度行くべし。黒木瞳さん直筆の原稿があります。
すごく優雅な文字。びっくり。それと、健吉の実母翠の肉筆の歌もあります。万葉かなの草書、よめません。秀野はよめないって素直に書いてた。

「黒木瞳実家」
検索で1位になってる。へ~。

そうでした、きのう行った八女西部リサイクル工場の事務所の玄関先に、黒木瞳のサインが額にいれられて飾ってありました。

ねえ。この「はるなるゆう」っておかたは、ひょっとして、ひとみさん本人ではないでしょうか。
しょうこさん。
私のいとこのみちよちゃん(駅舎ずまいだった)は同級生だそうです。それから高校三年生のときの担任、高橋甲四郎先生は八女高校のまえは福島高校におられました。瞳さんの話をしてくださいました。

追伸。写真は黒木瞳さんの実家を通り過ぎた写真であって、決して実家そのものではありません。笑。
近くには黒木図書館があります。とってもかわいらしくて明るい、木造の図書館です。すてきですよ。
ほかには、あるいてすぐのところに、有名な大藤と、それから逆の方向に矢部川横の温泉があります。母達がよくいきます。

最近こちらへアクセスおおいです

被害がすごかったようですね
木橋なくなってしまって
瞳さんちは八女市街に移られたとも聞きましたが

この豪雨は、女優・黒木瞳(51才)の実家がある福岡県八女市黒木町も直撃していた。雨量が最も多くなったのは、14日朝のことだった。観測史上最多となる、1時間あたり91.5ミリもの雨量を記録、八女市全体に避難指示が出た。

 黒木の実家のすぐ近くを流れる矢部川も氾濫。上流から流れてきた丸太やガレキが道路を寸断し、マンホールからは泥水があふれ出した。土砂崩れもあちこちで起こり、田んぼを心配して、様子を見に外に出た農家の男性(70才)が、土砂崩れで死亡する痛ましい事故も起きてしまった。

 豪雨の影響で、川の氾濫も激しくなり、ついには、黒木の思い出の場所であるという南仙橋も崩れ落ち、流された。矢部川のすぐ近くに住み、その一部始終を見ていたという70代の料亭経営者(男性)が話す。

「夜中から激しい雨が降って、川の水位も上がっていたんで、ずっと窓から川を見ていたんです。そしたら、朝になって、橋がちぃと傾き始めたなと思って見てたら…。6時半ごろに、ガバーっと一気にひっくり返って流されて行きました。それを見たら、体の底からぞーっとして、全身の力が抜けて…」

 そのうち、川の土手まで水位が上がってくると、我に返ったという。

「こうしてはおれん!」

 そう思って、すぐ車に乗り、命からがら高台へ避難し、なんとか被害を逃れたという。この橋から黒木の実家までは、100mほどの距離しかない。まさに黒木の実家も危機一髪だった。実家近くに住む姉に話を聞くと、「(黒木から)心配して連絡がありました」 と弱々しい声で、ひと言だけ答えてくれた。

※女性セブン2012年8月2日号

というのがネットで拾えました。
記念に引用保存しておきます。ありがとうございます。

息子が思春期にさしかかったばかりの小六のころ。
友達をいじめるトラブルをおこしました。
そのときのことを、こないだ、大学の入学手続きにむかう車の中で、本人に覚えているかと聞いてみたところ。
ちゃんと覚えているよ、あれはおれが完全に悪かったんだよ。
と答えました。
あんたは知らないだろうけどね、おとうさんとおかあさんはそのことで学校に呼び出されて、校長先生と担任の先生を前にして、色々とたいへんだったんだから。
あのとき、お父さんが、あんたを全面的にかばってくれなかったら、あんたの学校での立場はなくなっていたよ。おとうさんは、それほどまでにあんたを信頼して支えてくれたんだよ。
おとうさんは物事の表面だけではものは言わなかった。ちゃんとあんたのこころの襞にあるものまでなんとか説明して、みごとにあんたをたすけだしてくれたのよ。おかあさんは、あとにも先にも、あんな見事な逆転劇はみたことないから。
校長先生も担任の先生も最後はニコニコなさって、みな楽しいきもちで帰ったから。

あんたも、おかあさんも、おとうさんとはけんかをしたままだけど。
これからも、それだけは忘れないようにね。ぜったいにね。

わたしは、こちらへのあくせすがふえてる理由を、上記理由かと思っていました。でも、そうではなかったのですね。
黒木瞳さん、つらいでしょうが、がんばってください。ふんばりどころです。陰ながら応援しています。

滞在時間 11分25秒 閲覧ページ数 4ページ 参照元 実家 黒木瞳

あのとき、いじめとったのは、あっちだった、と、夫は言ったのだ。
微妙であります。かみさま、でも、わからんだろう。

だけど、わたしがみえていなかったところを、ちゃんと男親がみていてくれた。それがおそろしくびっくりして、なおかつおしえられた。おとこはすごい。みかたがまったくおんなとちがう。

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