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2006年7月30日 (日)

サンダルとトランペット

部屋のドアを開けたら、いきなり目に飛び込んできた。

女もののサンダル。

えっ・・アイジン?恋人?・・と、頭の中をことばがぐるぐるまわったけど、気づいたときにはスーパーの袋を両手に、あがりこんでいた。夫のマズイというような目とぶつかる。女のヒトがきてるん?と聞くと、うん、と悪びれずいう。音がして、彼女は押入れに隠れたみたい。どうしよう、想定していなかった。

わすれていたわけじゃない。夫は男だって。携帯電話をいつだったか間違って開けたとき、沢山女の名前があったことも知ってる。なのに、自分がそれらの女性といつか現実に出会うだろうなんてこと、思ったことなかった。

・・気づいたら、誰か分らない押入れの女性に声をかけていた。まるで猫に声をかけるみたいに。

「いいよ、出てきても。」

夫が全身で私を部屋から押し出した。

「出て行けよ!かわいそうやんか、かのじょが。帰れよ!」

まってよ、私のサンダルと荷物返して。車のキーが入ってるから。

身一つで夫に外に吐き出されて、ドアをきつく閉められてしまったので、そういったら、漫画みたいにドアから手だけだして、荷物をポイポイーほらよって。

なんか、ひどくない。ものすごくみじめ。

四年前の自分は、泣いて帰ったのを覚えてる。あのときは、単身赴任最初の冬休みで吹雪がふいていて、こどもをつれてとまりにいったら、部屋にいっぱい女の長くて細い髪の毛が落ちていて、掃除だけして、こども二人をおいて帰ったんだった。さすがに兄の方は事情を察して、俺も帰るといってくれたが、いいからあんたも居り、といって一人で帰った。石橋秀野ノートの最終章を帰宅後、一気に書き上げたのを忘れない。それがなければどうなっていただろうと後で何度も思った。

でも、今回は、ショックだけども、悲しくはなかった。夫のいうとおり、「彼女がかわいそう」と、わたしもそうおもえたから。だれかしらないけど、夫とあそんでくれてありがとう。そんなふうにもおもえた。

夫のために買ったサンダルや食糧を全部持って帰ろうとして、ふっと我に返り、サンダルと十六茶二リットル入り二本はドアの横に置いてきた。

家に帰って足を洗うと、右足の小指の下を怪我しており、血を見たら急に痛くなる。「あ。これが皮膚科の先生がおっしゃった末端と中枢というやつだな」

なぜか、高校時代三年間ずっと好きだった男子に失恋したときのことを思い出した。卒業間近、手紙を書いて、会ってもらった。その人は部活でトランペットを吹いていた。星野の山奥の出で、山持ちの分限者の家の人(昔は)らしく、学校が遠いので、久留米に下宿していた。事務室の前に蘇鉄の樹が数本ある植え込みがあり、そこに腰をおろしていろいろと話してくれた。受験勉強が今のすべてで、女とつきあってる余裕なんてない、とまず言われた。次に、癌で最近父親が亡くなって、とても大きな経験をしたと思う、ともいった。付け足しの話の一つに、下宿の話があって、「ある日、先輩の部屋のドアをぱっとあけたら、うわってびっくりした。おんなとやりよったっちゃん。」と彼はいった。え、女とやる。何を?ああ、きっとあれね。と、なんとなくわかったけども、そこのとこだけ白抜きの科白みたいに浮き上がっていつまでもドキドキと記憶に残った。その日以来、私は受験とかどうでもよくなり、全く勉強する気になれず、適当に受けて適当に進学した。ー痛みをわすれたころ、博多のバス停で私の目の前を同じ緑色のシャツを着た男女がよぎった。あ、彼だ、と気づいたけど、もう心は少ししか痛まなかった。あんなに必死で片思いしてたことがふしぎだった。

さいきん次男が塾の送迎時に車中で聴くリップスライムの曲に、トランペットの音がとても印象的な曲がある。曲名を知らない。それを聴けば、反射的に初恋の人を思うし、こんどからは、連句的に、夫の彼女も、思うだろう。顔を見なくて、よかった。今時分はきっと彼女もそうおもっているような気がする。

後記:リップスライムの曲は「Funkastic Battle」で、息子がいうには「あれはトランペットじゃなくてギター!ホテイさんが弾いとんよ」。ここで又一つ発見。音がトランペットに似てる!でも良く聴けば、確かに語尾の震えが管楽器とはちがう。ギターの音がアコースティックとかフォーク等とは全く異質なんです。なんていうギターなのでしょうね、ハードエッジ・ギター?なんなんだそれは!(ホテイさんて誰と思って調べましたら、今井美樹の夫の布袋さんでした。)平成生れの次男の世代がヒップホップやラップが好きなのは、幼少のころはやったポケモンキャラの名前を唱える歌に源流をたどれる、とおもいませんか。

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コメント

何も言えません。
でも、辛いだろうけど、ここに書いてはいけないよ。読む方も辛いよ。何と言っていいか判らないから、辛いよ。
でも、書いてはき出せば、何とかなるかもしれないし、辛さだって、当事者の辛さよりは軽いものだから、読み手の我が儘でした。ごめんね。

ありがとう、くわさん。
あのね。これかいて、客観的に、みれた。だから、ちっともかわいそうじゃない。むしろこっけい。書かないと、心が死ぬ。
私は「張形としての俳句」を書き始めたときから、はらを据えたとこがあって、なにか、突破口を、風穴を、あけたい。かわいそうだと思う、日本の女って。男だけに恋愛の自由も性の自由もあって、女は子守りと親のもりだけだから。でも、いちばん嫌なのは、自分のなかに、それを当然とする、正義感というか封建性というか、なんともいいがたい分別があることです。このような重石が自分のどこからきているのか、しりたい。なんだか、俳句みたい。


何かの小説か、遠い昔の出来事でありますように、涙をこらえて読んだけど、そのどちらでもないのね。コメントを書いては消し、書いては消し。何と言っていいかわからない。ただ帰りの長い道のり、事故とかにあわず、無事帰ってきて良かった。心の整理にはまだ時間がかかると思うけど、少し落ち着いたら何か気晴らししようね。

まりさんもありがとう。
今は書けるからそこまで、しんこくじゃないんです。若い頃は辛かった。死にたいくらいに。
ながくなやんでやっとわかったんだけど、男の生理はおとこじゃないとわからない。んでやっかいなことに、私を必要としているし、愛情もある。
このもんだいの最大のネックは、どこに相談に行っても解決しないことなの。どこに行ってどう説明したらどんな答が返ってくるか、行く前から分ったりして。みな他人事ですからね。
女として、悩んだことを書き残しておくことが、自分の夫への愛情だと思いました。わたしは冷血漢じゃないから。生きているから。

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