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2006年7月12日 (水)

東京 2

急に思い立ったので、新幹線だった。自由席の禁煙席に半日座っていた。着いたのが夕方(昼近くに発ったから)で一日目は終了。土曜は朝一で九段下の靖国神社へ参拝にゆく。東京の電車はなんてごちゃごちゃしてるんだろう。路線も色分けしてあるとはいえ、乗り換えのときにぼーっとしてたら大変な目にあう。JRと思っていたら私鉄だったりして、ややこしいし、こんがらがってくる。距離的には近い千駄ヶ谷から九段下まで行く時も、一度乗り換えなきゃいけない。そして階段を昇ったり降りたり。本がたくさん詰まった荷物を提げて苦行僧みたいだった。数日腕がしびれた。

その夜、連句で親しくさせていただいてた松本杏花さんに電話をした。太郎乙の八十の賀の漢連詩をよんで下さったさいたま市在住の俳人である。松本さんは私が上京したらいっしょに永井邸についていきたいとおっしゃっていた。突然なのでどうだろうかと心配だったが、ふしぎと体があいてらして、八日の靖国参拝のあと、十一時にお茶の水駅で待ち合わせ、湯島聖堂を案内していただく。私は昌平坂学問所というのを一度見てみたかったのだ。聖橋を渡りきり、階段を下りてしばらく歩くと、鬱蒼とした森に囲まれた聖堂があった。昔よりかなり敷地が狭くなっているというが、ふつうのお宮くらいの広さはある。

松本さんと会うのは、何年ぶりだろうか。平成十五年の秋、伊丹かきもりぶんこで連句人による連歌会というのに参加したとき以来だ。なつかしく、うれしかった。連句の縁は、こんな風にとってもあったかい。まるで寝起きをともにした肉親のように。あるいはぶざまな癖も知りぬいた古い愛人のように。

松本さんは今、中国に凝っておられる。夢中になっておられる。おととし、「拈花微笑ねんげみしょう」という題の句集を漢訳付で出された。(ちなみに、このタイトルの花の字は、華ではないかと言われようが、漢字の国中国ではこの簡略な字です)。中国語も勉強されているし、漢詩も漢俳(かんぱい)もなさる。来年は二冊目の漢訳句集を出されるとのこと、こころは中国へ飛んでいる。この点『アーチ伝来』の永田圭介氏とそっくりだ。そして、驚くべし、喜ぶべし、松本さんの第一句集『拈花微笑』が、中国で話題になり、売れているらしいのだ。歴史ある自分たちの国の文化は衰退しているのに、日本にはまだそれが洗練された姿で残っている・・と中国のこころある人々は気づき始めているのだろう。

私も太郎乙や耐軒のこころに少しでも近づきたくて、漢詩をのぞいてみたくなる。だから、湯島聖堂では漢詩入門の本を買った。

蚊に刺されながら、案内者のおかげで、みるべきところはきっちり見てこれた。お昼からは上野の国立博物館に行かねばならず、松本さんも同じ時刻に近くの漢詩の会に出られるというので、そこでいったん別れた。九日の再会を約して。

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コメント

この方が松本杏花さん、本名節子さんです。
みやこさん、今日喪中欠礼がご主人から届いてました。一瞬、え、だれ?と、わからなかった。
きょうかさんは中国に何度も行っておられ、ことばにも人にも通じておられた。当時ちょうど還暦を迎えられたくらいではなかったか。
これから大陸をまたいで活躍なさる人であられたのに、残念です。

人のいのちはわかりませんね。

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