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2006年6月 5日 (月)

円交会の歴史 2

 正木みち氏の御文章の続きです。「円交」五号より引いています。 

    戦後の円交会

 戦後八年以上経ち、そろそろ「もはや戦後ではない」という様な声も聞かれる様になった頃、円交仲間にも昔を懐かしむ声が起こり、漸く会の復活を見る事になる。昔の「えんこ」達即ち円交一世達も齢既に不惑を超えたり、又は不惑に近づきつつあったから、その二世達を含めて会員の数は非常に増えて来ていた。円交会生みの親のおしゅん伯母も戦後すぐに亡くなっておられたので、復活後は、私の母千代やお美津叔母が顧問という格になっていた。以下、戦後の円交会を年代順に記す。

 第一回  昭和29年5月23日 信濃町貸席「明石」  出席38名

 第二回  〃  30年5月    杉並小林邸       〃48名

 第三回  〃  31年9月30日  同上           〃40名

 第四回   〃 32年6月16日   同上          〃46名

 第五回   〃 33年4月29日   同上           〃48名

 第六回   〃 34年4月29日   逗子観瀾荘       〃43名

 第七回   〃 35年5月5日    同上           〃57名

 第八回   〃 36年4月22日   同上            〃40名

 第九回   〃39年4月29日    湯島聖堂         〃55名

 第十回   〃43年6月2日    文京区原町寂円寺   〃63名

 第十一回  〃45年5月24日  中野新橋氷川神社    〃59名

 第十二回  〃48年9月30日  三鷹永井邸         〃69名

 (以上で)会場難の為、二世・三世を含めた大円交会は終り、その後、主として一世のみの小円交会が随時開かれて来た。)

         昭和38年1月   小室恒夫邸 

         〃 39年5月    〃 正夫邸

         〃 51年10月   小室正夫邸

         〃 52年5月    浦和藤井邸(戦後の円交会に小樽から正木みち初めて出席。藤井邸の藤見の宴。)

          〃53年5月    新日鉄新山谷寮(古山綾夫・巴夫妻金婚祝い)

          〃55年3月   原町寂円寺(土方辰三・幸夫妻金婚祝い)

          〃57年5月   新日鉄新山谷寮

 第十三回  〃62年5月24日  荻窪東信閣    出席62名

 第十四回  平成2年5月2日  六本木ウカリハ  〃58名

 第十五回  〃4年11月15日  信濃町陣屋     〃55名

[編者附記]以上戦前から戦後に至る円交会の歴史を記して頂きましたが、この間会長として終始まとめ役をされたのが、故古山綾夫氏、次いで小室正夫・恒夫御兄弟が二代目会長を、そして現在は乙骨清一郎、及び二世から古山正一、正木直子の三氏が三代目を勤めて下さっていることを附記して皆様のご尽力に深く感謝申し上げたいと思います。(編者とは永井菊枝氏で、編集発刊されたのは平成四年十月現在です。・・姫野註)            

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