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2006年6月24日 (土)

詩人宗左近の言葉

今朝、西日本新聞一面に、詩人宗左近の死を報じてあった。亡くなっていたことがわかった、というようなあいまいな書き方なので、命日がいつなのかはまだ判然としない。

先月、宗左近氏の文章をまるごと引用させていただいたのを思い出した。俳人の鍬塚聰子氏に「眞鍋天魚先生の花冷の句はいつの作品か」と尋ねられて答えるのに、なんとなく思いついた文章をそのまま写したのだった。

この文章を読めば、眞鍋呉夫(天魚)と宗左近は同郷(福岡)、同年だということが分かるし、宗には何か自虐のための圧倒的負の遺産があることも分かる。いっぽうで、

 「意識下への無痛覚こそが、文明である。

 人間の独特の痛覚こそが、思想である。

 無意識世界の記憶こそが、創造である。

 したがって、蘇える祈りの自殺体、それが詩でなくてはならない。」

引用文末尾のこの数行は、非常に哲学的で、多くの謎をはらんでいる。

その謎を解くことはできないものだろうか。

わかったふりは簡単なことだ。

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