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2006年6月14日 (水)

アレルギー治療

月曜日、佐賀のお医者様のご紹介で九州医療センターという大病院の皮膚科を二十歳の長男が受診した。我が家の子達は三人ともアレルギー体質で、免疫グロブリンIgEが目が飛び出るほどの数値を示す。といっても、私にはそのグロブリンアイジーイーの意味や働きすらよくわかっていないのだが。赤ちゃん時代からどの子も病院通いから縁が切れない。ぜんそくで出たり、鼻炎で出たり、アトピー性皮膚炎で出たり、アレルギー性結膜炎といって目に出たり、病気の総合デパートみたいににぎやかだ。ことにどの子も持っているのがぜんそくで、秋や春の行楽日和にどこかへ行くと、決まって夜中、誰かがぜえぜえいいはじめ、そのまま救急外来へ直行ということが多かった。

夫が強いアレルギー体質で、その遺伝をもろに被っている。いまも夫はぜんそくが温存されていることを思うと、一生治らない病気らしい。特効薬が発明されるか、遺伝子治療などの療法が確立される以外、これといった治療がない。長男はぜんそくはひどくないかわり、アトピーが出てかゆみがひどい。思春期から出始めた。いろいろな病院や療法を試したが、うまくいかない。ステロイドも恐ろしい。そうこうするうち、本人も私も疲れてしまって、どこを頼ったらいいのか、何を信じたらいいのか、わからなくなった。

「もういい。自分でなおすから」

と、いったんは薬も塗り薬も拒否した長男だったが、昼夜逆転するほどかゆみがひどくなり、面相もかわり、これではいけないと漢方薬を飲みだす。少し、ほんの少し気分が上向く。そこへ、夫が九州一のアトピー医の紹介状を知り合いのお医者さんに頼んでくれ、それを持って先日、受診したのである。(紹介状がないとかかれない。)

初日は検査をしたばかりで、次回は23日の予約だが、病気の説明から始まるらしい。次男のぜんそく治療のとき、年配のかんごふさんから甘やかしを皮肉られたことがあったので、今度も親としてどこまでハタチの息子に付き添うべきか、遠慮もあり、医師にあうのを控えたら、次からは親も来るようにと言われた、とのこと。

長女は今、博多の大きな病院で食事を作る仕事をしているが、長男を心配してメールをくれた。「苦しさは本人にしかわからないけど、大学だけはやめないでちゃんと行ったがいいよ。アトピーの子はいっぱいいるし、甘えるなっていっといて」と書いていた。笑った。いっちょまえの説教いえるようになったじゃない。いいお姉ちゃんだなあ。

ひと月、大学は休んでいる。自律と自立の問題でもあり、なにも言わず見守っている。一つ、ありがたいのは、あるコンビニで皮膚病の息子を使ってくださることだ。去年そこのコンビ二にパート募集の貼紙をみつけたとき、「アトピーが顔にあっても雇ってくださいますか」ときくと、「構いませんよ。逆に引っ込み思案が治りますから、ぜひ面接にやってください」と言う返事をもらってうれしかった。というのも、以前さるスーパーでアルバイトした息子は、この病を汚いとそれとなくいわれた(それは差別発言じゃなく、ほんとうにその通りなので仕方ないが)ことがあり、ほかの子はレジ打ちなのに、息子は掃除や商品補充役という体験があったからだ。それを思うと、このコンビニの人たちには頭が上がらない。そのかわり、クリスマスや連休など他のバイトの子たちが休みがちなときに、息子は代理でいやな顔せず入る。誰ともつきあわない孤独な生活は、こういうときに思いがけぬ役に立つんだなと、私はなんだかおかしくなる。まさかそういうことまで見越して人を雇っているのじゃないんだろうけど。しみじみと、ありがたいです。

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