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2006年6月 1日 (木)

乙骨一族の骨

六月に入りました。裏庭の柿の根元のアマリリスがもうすぐ開きそうです。家中のカーテンを外して洗い、窓硝子を磨きました。お寺での磨き方のように新聞紙を丸めて、少し水で湿らせ力を入れて拭きますと、きれいになりますね。

さて、乙骨一族の円交誌の引用を一月お休みしておりましたが、その間に三つ興味ぶかい動きがありました。一つは、音楽家乙骨三郎がらみです。太郎乙翁の八十のお祝い漢連句をきちんと読み解いて下さった、さいたま市のれぎおん同人で漢詩も学んでおられる松本杏花様が市政だよりを同封して送ってくださって、それに「案山子」の作詞者の顕彰記事が載っていたのです。乙骨三郎とは違うおかたでした。円交誌を書きうつしたとき、案山子も汽車も浦島太郎も鳩も日の丸の旗も三郎の作詞となっていました。それでこれを永井菊枝様に確かめようと手紙を書いたのです。返事には昭和女子大の近代文学研究叢書37巻のコピーが入っていました。

「明治四十三年に入って文部省は、これまで二十余年間民間に任せていた小学唱歌を新時代に適合したものに改善しようとして小学唱歌教育編纂委員会を結び、ここにはじめて作詞、作曲とも日本人の手になる「尋常小学唱歌」が生み出されるようになった。版権は文部省にあるので作詞、作曲者の名前はしるされなかったが、乙骨は「日の丸の旗」「兎」「鳩」「池の鯉」「浦島太郎」「汽車」などを作詞している。」(同誌「乙骨三郎」から引用。)

永井菊枝氏は、『「故郷」(兎追いしかの山・・)の高野辰之氏のようには乙骨三郎の名はあまり知られていなくてちょっと残念な気もします。しかし、三郎自身はそんな事全く問題にしていないですし、どうぞひっそりとしておいてくださいませ。』と結ばれています。

それを読んで、菊枝先生のおっしゃる通りだとおもいました。一つ、すっきりしました。自分の名が残ることよりも、作詞に籠めた想いがのこればよい、とするきっぱりとした意志。

二点目は、数日前に思いがけずも君が代研究ノートの中の「ミッドウエー海戦」にコメントがいただけたことです。これはご覧いただけます。(三月四日付http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_a355.html)私はうっかりして存じ上げなかった永井友二郎氏の御著書についても教えていただいた、世界的タンゴバンド「アストロリコ」のヴァイオリン奏者である麻場利華氏には本当に感謝いたしております。また、麻場氏にこのブログをご紹介くださった守山真理摸氏にもご好意ありがたく、本当に助かりました。こんごともよろしくお願いいたします。

三点目です。これはあまり、書きたくありません。というのも、これがためにどうなるか、これからのことが思いやられるからです。しかし、乙の骨をひとかけら、たしかに私もいただいたのですから、書かずに知らん顔で通り過ぎることは出来ません。勇気をだして書きます。

きのう、新聞の一面下の目立つところに『「ガセネタ屋」乙骨正生の正体』増補改訂版・佐倉敏明著・鳳書院、なる不穏な宣伝文をみつけました。えっ!乙骨一族じゃありませんか。なぜ。どうして・・こころがみだれます。乙骨正生とは・・。失礼ながら検索をしました。それで理由がわかりました。下記索引をご覧になって、何が問われているのかをご自分の目でお確かめください。http://www.forum21.jp/contents/contents9-1.html

さいごに、ひょんなご縁をいただいたアストロリコさんが音楽を担当している公開中の映画『二人日和』を、どうぞみなさまよろしくお願いいたします。

http://futaribiyori.com/top.html

地元京都・バリアフリー上映:http://www.miyakomesse.jp/event/10th_002.html

北九州高齢社会をよくする女性の会による上映:7月26日10:30~、小倉の女性センター「ムーブ」にて。(こどもの日記ひろば鍬塚聰子氏情報提供)

アストロリコオフィシャルサイト:http://www.astrorico.com/indexj.html

麻場利華ラジオ番組http://radiocafe.jp/index.html

乙骨正生氏が上記に書いておられますことを拝読しまして、連句的に私は次の件を連想しました。http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_46af.html

この「あらがふ言葉」で取り上げた句はすべて、姫野句以外、「俳書カレンダー」五月のぶんに記載されてたものです。有名俳人の作品のなかにへたな自分の句を置いてみたらどんなふうだろうか、とふと思いついたいたずらでした。並べ置くことで、ものは確かな「位置」を獲得します。連句人である私は、たくさんのなかに並べられることで平凡な駄句が輝いたり、佳句がくすんだりするのを何度も見てきました。相乗効果とか打ち消しあいとか色々な力が作用しあった摩訶不思議な縁のタペストリー。それが時間・空間の世界には避けがたく出現します。

乙骨正生氏の文章はじつにまっすぐで正義感あふれるもので、なるほどそうか、これが乙骨の血かと、実感として伝わってきます。と同時に、これではキツイぞ、からだはかけいは大丈夫なのかととても心配です。あまりにも立ち向かうものが巨大で老獪すぎて。

きのう、新聞一面の本の広告をみて心底ぎょっとしました。ご一族のご苦労がしのばれます。円交誌を引用する作業をしていなかったら、その広告を鵜呑みにするところでした。真正面から巨悪にものを言う人がいてくれた、それが他ならぬ乙骨家の人だった、という快哉と驚愕と奇妙な既視感、安堵感。なんという展開だろう。

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コメント

あの新聞記事を見て、以前なら読み過ごすところでしたが、あなたの一連のを読んでいたので、これは何事と思い、こちらへ伺って、そうだよねと午前中書き込んだつもりでしたが・・・またまた花脳?おやおや

夕方日記展の記念品のメモ帳つくりにムーブの市民サポートセンターへ行きました。すると「二人日和」の案内がありました。高齢社会をよくする北九州女性の会が上映します。7月26日(水)10:30~20:45とありますので繰り返しの上映かしら?詳しく判ったらお知らせします。

鍬塚さん、ありがとうございます!
すごいタイミングですね。ムーブは以前福岡連句会で会場になったとこだね。小倉ならいけそう、確実に。よかった。

乙骨一族の件、気にかけて下さってありがとう。おとといの新聞広告はひどかった。しかし、理由をしれば、「幾度、司法に断罪されようともデマを吹き続ける男がいる」という宣伝文が、逆に褒め言葉に逆転します。

乙骨正生氏は乙骨一族ではありません。
少なくとも太郎乙や耐軒の系統ではないは
ずです。

私も乙骨一族に関心があり、興味深く「か
ささぎの旗」を拝見しておりましたが、正
生氏のことは明確な間違いです。
私は横溝正史の小説に出てきたことで、乙
骨という苗字に関心をもちました。実際に
その一族の一人と知り合いになり、ますま
す関心をもつようになり色々調べたり、調
べたことをその友人に問い合わせたりして
きました。
司馬遼太郎のエッセイに太郎乙が出てきた
時も、その友人に事実を確認をしました。
正生氏は現在では乙骨姓で一番の有名人
(グーグルで検索すれば)になりますが、
正生氏の存在を知った時にもやはり友人に
確認をした所、乙骨姓で唯一関係がない、
つまり親戚関係が明確でない人物(系統)
といわれました。
残念ながら私は円交誌の存在を教えてもら
えなかったのですが、円交誌に出てくる現
存の方々に問い合わせれば、親戚関係では
ないというのが共通の答のはずです。
つまり、「ご一族のご苦労がしのばれます。」
というのは乙骨正生氏と一族に間違われて
しまうことなのです。田中や鈴木であれば
こんなことはない訳です。単に姓字が一致
し、有名人であるから一族だというのでは、
贔屓の引き倒しになってしまいます。

田無林様

貴重なコメントをいただき、ありがとうございました。
そうだったんですか。確認もせず、ただ風変わりな「乙骨」姓を戴いておられるという点のみで太郎乙一族と判断してしまい、うかつなことでした。
しみじみブログは有難いです。
じつはショックだったので、どう考えればいいのかと一日寝付いてしまいました。
考えた結果、宗教がたとえ何であろうと、また、あなたさまのいわれるように太郎乙一族直系ではなかろうと、乙骨の名を冠してこのときにここを過られたことが重要で天為でした。いろいろと興味深いことを知ることが出来たからです。
おかげさまで、あなたのような方からもコメントがいただけましたし。
つきましては、もし、さしつかえなければ、乙骨という名が出てくる横溝せいしの作品名をご教示くださいませんか。なにとぞよろしくお願いいたします。
私は本の宣伝で初めてこの方の名を知ったという情けなさです。きっとまだ、あなたさまより知らないことが沢山あると思います。またポカを発見されたときは、指摘をお願いいたします。図々しくもお願いします。

横溝正史の戦前の代表作「真珠郎」に乙骨
三四郎という人物が登場します。
横溝正史は専業作家になったとたんに病に
冒されます。信州で、富士見高原療養所で
の3か月を含め5年間も療養生活をします。
復帰してしばらくしてから「真珠郎」を発
表しますが、信州を舞台にしたとても幻想
的でありながら謎解きもしっかりしている
探偵小説です。
乙骨三四郎は大学の教員という設定です。
乙骨三郎・五郎の活躍、または乙骨氏発祥
の地である乙事がある信州富士見での療養
が乙骨姓を登場させたのだと思います。
戦後、横溝正史は、名探偵金田一耕助を登
場させますが、エッセイで近所に住んでい
た金田一京助の弟がモデルと書いています。
残念ながら乙骨三四郎は主人公ではないの
で、乙骨についてのエッセイはないようで
す。

教えていただき、ありがとうございました。横溝正史が身近に感じられます。

乙骨正生と申します。

たまたまインターネット上で本ページを拝見し、小生に関する記述があることから、僭越ながら投稿させていただきました。

私の言論活動の件で、乙骨太郎乙の御一族の皆さまに、ご迷惑をおかけしていることがあるとすれば、お詫び申し上げます。

私は母方が乙骨姓で(父は清水姓で養子となりました)、祖父は乙骨規矩郎と申します。祖父の話ですと判事の乙骨半二氏とは親戚ということですので、曾祖父かそれ以前に枝分かれしているものと思われます。

以前、永井菊枝様や乙骨剛氏とはお目にかかったことがあります。

いずれにせよ、乙骨の名を汚さぬよう、矜持を持って言論活動を続けていく所存です。

一筆、失礼申し上げました。

   平成22年6月2日
                       乙骨正生拝
    

拝復。
こんばんは。コメントありがとうございました。
乙骨一族のご縁、でございまするなあ・・・。
ささ、一献どうぞ。なにもございませぬが、茶でもどうぞ。

▼きょう‐けん〔キヤウ‐〕【狂狷】
《「論語」子路から》いちずに理想に走り、自分の意思をまげないこと。

これですね。乙骨一族の血ですね。
なにも申しません。思いを貫かれてください。
ただ、かささぎめはチキンなので、ついていけるかはぎもんです。最後尾からあらぬほうへ突っ走って逃げていくかもしれず。
しかし、心情的には同感です。
きらいですもん。
しんじゃさんにはなんのうらみもありません。
むしろ、とてもそんけいすらしているひとたちがおおい。
きょうだんがきらいなだけです。それだけです。
それでは、お元気で。
あそうだ。こんどの政変の底にあるものをご存知でしたら、くわしくおしえてください。ながくつきあっておいででしょうから、なにかご存知ではないかとおもいました。こんなことを、こんなにまっすぐ、こんなに悪名高き(ああごめんなさい。あちらさんにとっては。です)ひとにたずねたら、パソコンがかたまってしまうかもしれませんが、聞きたいきもちをがまんできません。ですから、よろしくおねがいいたします。

ちなみに、かささぎの旗は、無防備、丸裸です。
何一つ装備していません。ガンジーのむていこうしゅぎでありますんで、どうか敵のみなさま、手加減願います。ふしておねがいいたします。
神様ほとけさま、にちれんさま。
てきこくこうふく、敵国降伏。(元寇じゃないか。)
敵国に幸福を。まあまんじゅうでもどうぞ。
あそれはどろまんじゅうですから。
     かささぎの旗

乙骨三四郎

一位。

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