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2006年5月24日 (水)

天魚先生のことば

 『雪女』の問題

             眞鍋 呉男

 俳句の歳時記には、まま、不思議な季語が残っている。冬の季語としての「雪女」「鎌鼬(かまいたち)」「竈猫(かまどねこ)」などはその数例にすぎぬが、宇宙ロケットによる月面への到達さえ可能となった今日、「雪女」や「鎌鼬」の実在を信じている人は、もうどこにもいまい。「竈猫」の存在が、すでに過去の事象として忘れられかけていることも、事実であろう。しかし、それではなぜ、

  雪をんなこちふりむいていたともいふ   素逝

  御僧の足してやりぬ鎌鼬          虚子

  何もかも知つてをるなり竈猫        風生

というような句が、われわれの源泉の感情を揺り動かさずにはおかぬのか。

 それには、なるほど、零落した信仰の残滓のせいだとか、雪を豊年の瑞祥として眺めてきた農耕的な心性のせいだとか、少なからぬ理由が考えられよう。

 しかし、だからといって、これらの季語を生みだすに至ったより根源的な契機が、われわれの生命の母胎としての自然への畏敬にほかならなかったことを見おとすならば、その眼は節穴にひとしい、と言われても仕方があるまい。

 即ち、そういう本質的な意味では、「雪女」や「鎌鼬」や「竈猫」などは、時代錯誤的であるどころか、むしろ、最も未来的な可能性を孕んだ季語中の季語だ、といっても過言ではない。また、その本有の意義は、ほとんど上代の詩歌における歌枕の意義に相ひとしい。

 なぜなら、山本健吉氏もその画期的な労作「歳時記について」(『最新俳句歳時記』文春文庫版所収)で指摘しているように、上代の詩歌における歌枕は、生命の母胎としての「土地と、土地の名と、土地の精霊」をたたえるための特殊な表現だったからである。ただ、この両者に相違があるとすれば、前者は主に時間を基準として分節されているのに、後者は空間を基準として集約されている、という一事にすぎない。

 これを要約するに、「雪女」や「鎌鼬」や「竈猫」などによって代表される季語は、時義通り、われわれの蜉蝣(ふゆう)の生命を長大な時空に向かって解き放つための卓抜な発明であり、昇華装置にほかならない。のみならず、われわれの先人たちがこういう昇華装置を設けたのは、無論、詩歌の世界の中だけではない。たとえば彼らは竈のうしろには竈神を祭り、邸宅には夢殿を設け、村落には鎮守の森を造成した。中世の社会では草庵を営み、内裏の清涼殿には鬼の間を造り、荒海障子(あらうみのそうじ)には手長足長を描いた。

 ところが、かつて御歌所の講師をつとめたこともあるという坊城俊民氏は、さきごろ竣工した皇居の新宮殿を評して、「新宮殿には鬼がいない」と言っている。つまり、新宮殿に象徴される現代の文明には鬼がいない。雪女もいなければ、手長足長もいない。ということは、現代の文明や社会から自然への畏敬が失われかけていることを意味しているのではないか、というのである。

 はたしてしからば、影も形も不鮮明な、こういうノッペラボウな文明は、われわれにいったい何をもたらすのか。それはたかだか、柳田國男のいわゆる「迷ひも悟りもせぬフィリステル」(「妖怪談義」)の大群を放(ひ)りだすだけであろう。その結果、自他の生命に対する軽視と、自然の激烈な復讐を招来するに至るであろう。

 それにしても、われわれの生命の母胎としての人智を超えた自然への畏敬を失わせるような文明とはいったい何であるのか。

     平成壬申一月二五日

                  

   「雪女」再考

         ― 定本化に際して

      M-物言ふ魂に

   雪女見しより瘧(おこり)をさまらず

         (句集「雪女」序句)

 わが国の昔話や俳諧などによって伝承されてきたいわゆる「雪女」は、前近代の豪雪地帯における雪の猛威から生まれた幻想だという。しかし、私をして忌憚なく言わしむれば、この種の妖怪の本質は、新しい詩と宗教と科学に分化する以前の混沌とした、それだけにきわめて創造的なエネルギーのかたまりのようなものであろうと思う。

 それで思いだしたが、檀一雄さんがまだ健在だったころのことである。車で新潟まで十七号線を北上したことがあるが、その時の案内役であったSさんの、

 「高橋お傳や塩原太助、それから磔(はりつけ)茂左衛門や國定忠治の在所もこの沿線ですよ」

 そんな話を聞いているうちに、いつのまにか、爪に火をともすような忍苦の一生を送るか、蓆旗(むしろばた)を立てて決起するか、それともアウトローとして世間の裏道を歩くかーさながらそのいずれかを択ばざるをえないような、当時の荒涼たる現実の中にタイムスリップしてしまって、

 「こんな所で思春期を迎えた多感な少年が、くる日もくる日も天地を埋めつくさんばかりに吹きすさぶ吹雪のなかに閉じこめられているうちに、ふっとうつつに雪女を見てそのあやしい魅力に取りつかれてしまったとしても、すこしも不思議ではないではないか」

 身にしみて、そう思ったことを覚えている。

 いずれにせよ、われわれの先人が創出したこの「雪女」という秀抜な形象には、自他の生命の母胎としての自然と女性に対する憧憬と畏怖の念が見事に総合されている。また、だからこそ、必ず「抱かれれば死ぬ」という話が付随しているのである。

 ところが、私はある読者から、掲出の、

 「この句集の序句には献辞がついている。してみると、作者は現代にも雪女がいると思っているのか」

 そんな意味の疑問を、友人を通じて伝えられたことがある。

 無論、雪女は現代にもいる、と私は思っている。生剥(なまはぎ)も座敷童子(ざしきわらし)もいると思っているが、それはいったいなぜなのか。

 柳田國男はその名著『妖怪談義』のなかで、次のような聞書を紹介している。

 「明治四十三年の夏七月頃、陸中上閉伊郡土淵村の小学校に一人のザシキワラシが現はれ、児童と一緒になつて遊び戯れた。但し、尋常一年の小さい子供等の外は見えず、小さい児がそこに居る此処に居るといつても、大人にも年上の子にも見えなかつた」

 これを要するに、

  すべての見えるものは、見えないものを表徴している。

  聞こえるものは、聞こえないものを表徴している。

  感じられるものは、感じられないものを表徴している。

  だから、おそらく、考えられるものは、考えられないものを表徴しているのであろう。

                   (ノヴァーリス)

 ― というのが私の答であるが、私はこの箴言を思いだすたびに、どこからか、(この世のことなに一つとして「あやしからざるはなきぞとよ」)という本居宣長の嘆息が聞こえてくるような気がするのである。

    ヘルメットぬげばあの夜の雪女

  平成戊寅弥生吉日   

          天魚  眞鍋呉夫

 ※いずれも 『眞鍋呉夫句集 定本雪女』 (邑書林)所収。

荒海障子:http://sano-a238.hp.infoseek.co.jp/history-tategu3.htm

清涼殿鬼の間:http://www.sol.dti.ne.jp/~hiromi/kansei/r_seiryoden.html

手長足長:http://www.sakaiminato.net/site2/page/guide/point/miru/mizuki/youkai/ashinaga/

高橋お傳:http://www.geocities.jp/saiyuki0419/oden/NOx0.htm

塩原太助:http://www.geocities.jp/enza2002jp/edo-dou7.htm

磔茂左衛門:http://kamituke.hp.infoseek.co.jp/page115.html

國定忠治:http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0810.html

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