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2006年5月11日 (木)

俳人山下淳の目ー「香月泰男」

もう一度読もうと思っていた本が、今朝、押入れの奥からひょいと見つかった。信じられない。以前何度も探して見つけ出せなかったのに。こういうとき、あなたならどうします?そうです、なくならないように、まるごと引きます。あたまに直に入力すればなくならないからです。引用本、『流域雑記』は平成五年五月末に宮崎の鉱脈社より出された宮崎の俳人・山下淳(故人)の随想集で毎月の俳誌連載をまとめたものです。三年前同じ「九州俳句」につながるご縁で山下氏の奥様にこの本をいただき拝読し、とてもこころ動かされ、なにかせねばおれないようなきもちになってました。大きな疑問を投げかけられたような気持ちといいましょうか。今朝ここで再び出合ったのも何かの啓示、御付合いください。

 「香月泰男と黒田辰秋」 ー 『流域雑記』26

         山下 淳

一 香月泰男のシベリアシリーズのこと

 私はテレビをよく観るほうである。そして時間をつぶして後悔することが多い。テレビを見て、あとで時間が惜しかったと思ったことのないのがNHKの「日曜美術館」である。極言すると、テレビ番組で、いざとなれば他の番組は無くなってもよいが、「日曜美術館」だけは残って欲しいと思うくらいである。

 私は美術に関する専門家でもなく、実作者でもないが、とにかく絵画や陶器などの文字通りの愛好家である。正直のところ、俳句よりも、これらのものの方が好きだと言ってもよい。私は記憶力が乏しく、記録性も弱い人間で、「日曜美術館」の・・・(と番組のよさを手放しで絶賛する文章を省略します。)

 ところで、去る二月六日放映の「日曜美術館」で香月泰男画伯がとりあげられた。香月泰男については、私は大分前から深い関心を持って来た。特に「シベリア・シリーズ」がブームを呼んだ頃から関心を強めた。あれ以来、画壇や絵画について関心のある多くの人々は「シベリア・シリーズ」を中心として彼の作品に心を寄せ、香月泰男ファンが多くなったと思う。そして、それから人々は彼の作品を全面的に肯定しているように思う。

 しかし、私は、どうしてか、香月泰男の「シベリア・シリーズ」を全面的には肯定出来ないのである。あれだけ多くの方々から高く評価されている香月泰男の作品について、素人が、云々することは、とんでもないことだと思うが、私には私なりの根拠があるのである。香月泰男の作品についても「シベリア・シリーズ」がブームを呼んだ頃、その画集を数度見る機会があり、その他の作品も数点ぐらいは見る機会があったが「シベリア・シリーズ」によって、少しずつ疑問を抱きはじめた。そして、出来得れば香月泰男画伯に御会いして、直接に、いろいろ話をお聞きしたいと思っていたが、亡くなられたので、永遠にその機会を失ってしまった。

 私は、香月さんと同じようにシベリアで捕虜生活を四ヶ年間過ごしたが、その経験だけから「シベリア・シリーズ」を肯定出来ないということではない。香月泰男の生い立ち、あるいは画歴、それにシベリアの生活などについては、いろいろの資料や文献があると思うが、まだそういうものをほとんど読んでいない。ずばり言えば、私の勘から「シベリア・シリーズ」に疑問を持っているのである。

 私は香月泰男画伯が亡くなられて後、山口県立美術館にある香月泰男の特別展示室で、「シベリア・シリーズ」などを生で見せてもらった。その時、ちょうど徳山在住で、美術についても詳しく、見識を持っている俳人のOさんにも御逢い出来たので、ちょっとそのことを話すと、Oさんは香月泰男を批判することは、とんでもないことだと言う。しかし、そのOさんも私の意見を全面的には否定されなかった。これはOさんの本音ではなく、私への儀礼的な発言であったかもしれない。山口県立美術館で、学芸員の方に案内してもらって「シベリア・シリーズ」をたんねんに観ているとき、その学芸員の方が、ふと、「あなたのようにシベリアの生活をして来られた方は、この『シベリア・シリーズ』については、少し、異論があるのではないでしょうか」という意味の言葉を洩らしたことが、強く心に残っている。私はロシア語、いや、ロシア文字は少しはわかるので「シベリア・シリーズ」の画面に絵画的に書かれてあるロシア文字の「トウキョウ・ダモイ」の文字も読んだが、あの日本人捕虜たちが黒い長い蛇列を作って、ソ連のコンボーイ(警戒兵)に監視されながら足を曳きずるように歩む姿、シベリアに曳っぱって行かれるときと、帰還のためにナホトカへ向う長蛇の列のちがいがあると言われるあの絵画の構成は、ほんとうにシベリアで、重労働に苦しんだ人間だったら、あのような客観的の絵画が描けるものだろうかという疑問である。私は絵画の表現技術のことを言っているのではない。作家の内面と作品とのかかわり合いの問題である。私は絵画を描かないし、価値評価もわからないが、少しは文学にも縁のある人間であるから、作家と作品ということには深い関心を持つのである。

 あの「シベリア・シリーズ」は、その他の作品と共に、日本に帰ってから、しかも十数年後の一九六○年代の作品である。他の油彩は別にして、「シベリア・シリーズ」が彼の内面的な純粋な作家の良心としての欲求によって生まれたものかどうかという疑問がある。彼は、ある意味で、あの時期の出版界やジャーナリズムによって、あのような作品を描くように追い込まれたのではなかろうか。香月泰男の本心は、あれとは少しちがうところにあったのではなかろうか、つまり、心ならずも描いたのではないかという疑問である。

 これは私の主観というか、独断、あるいは単なる憶測に過ぎなくて、何の根拠もない私の勘であるのかも知れない。

 香月泰男のシベリア抑留生活についての記憶や文章は、いろいろあると思うが、シベリアでも絵筆を捨てなかった生活、いや時間が多かったということを聞いているーこれは思いちがいかも知れないが。

 彼の「シベリア・シリーズ」を中心とする作品は、戦争やシベリアで亡くなった日本人への「鎮魂」の作品だと言われているが、ある意味では「シベリア・シリーズ」は香月泰男の「贖罪」の作品ではないかと思う。

 ところで、去る二月六日の「日曜美術館」で「私と香月泰男」というテーマで、沢地久枝が語った。私は大いに期待して、午前九時の時間に、全神経を集中して観、聴きしたが、正直のところ、がっかりした。そして夜八時の再放送を改めて見たが、やはり、おなじ思いであった。前述のように私の「日曜美術館」そのものへの期待、しかも、対象作家が香月泰男で、それについて語る人が沢地久枝ということで、沢地が香月泰男を作家としてどうとらえるかということに強い関心を持っていたのであった。しかし、沢地の話は実に浅く、従来の「日曜美術館」に登場した人々と比較して、いかにも浅薄というか、ひとりよがりのおしゃべりに終始して、画家香月泰男ならびに作品に対し見据えているものはほとんど無かった。

 特に「シベリア・シリーズ」についての沢地の話は全く借りものに過ぎないと思った。香月泰男へ対する傾斜はよいが、それが単なるムード的鑑賞で、香月泰男の本質にはほとんど迫っていなかった。特に奇異に思ったのは、沢地は香月泰男さんにも逢っていないようだし、作品も、どれだけ観ているかどうか、しかも、正直に、自分はまだ行っていないが、山口県立美術館には香月泰男画伯の「シベリア・シリーズ」が展示されているから、是非、皆さんが観に行くようにという話などした。私は沢地久枝が女流作家として、しかもノンフィクション作家として、社会や人間を深く、自ら探求して書く作家として信頼していたが、いささか興醒めの思いがした。少なくとも作家である以上、香月泰男が晩年、玩具を作ってたのしんだことなどについて触れないと香月泰男という画家、そしてその作品の本質をとらえ得ないのではないかと思う。

 NHKの「日曜美術館」で、もっとも期待して待った沢地久枝の「私と香月泰男」は私の期待が大き過ぎたのかも知れない。

 山口県立美術館には山口県の生んだ二人の偉大なる画家、香月泰男と小林和作の特別室が設けられているが、この二人の画家の人間と作品は、いろいろの意味で、対照的であることも私にとっては深い意味があるものである。―1982・2・10

 ※文章を丸写しして、ようやく見えてきました。

 山下淳は、香月泰男を批判しているとばかり(以前読んだ時は)思ったのですが、実はぜんぜんそうじゃありませんね。香月泰男の本質を、だれよりも深い共感と理解のまなざしをもって、観たのです。だからこそ、軽佻浮薄なジャーナリズムにのせられ、消費されるだけの芸術、およびそのおたいこもち、に対して、無性に腹が立ち、かくも痛烈な批判をやっているのでした。この文章から発される気は、前回「水上源蔵という名の言霊」(5・7)で引用した久留米の詩人丸山豊の『月白の道』の一節ー戦争については、書けぬことと書かぬことがある。―という重いことばとみごとに重なっていきます。山下淳は香月泰男の絵を「贖罪」としてとらえることで、はじめて自分のはげしく揺れるこころをなだめることができたのです。 (なお、みだしの黒田辰秋についての文章が二で語られるのですが、ここでは引用をひかえます)

参考:http://www.city.nagato.yamaguchi.jp/~kazukiyasuo/

   :http://www.geocities.jp/ing9702/kazuki.htm

   :http://www.art-museum.pref.yamaguchi.lg.jp/artmuseum/cgi-bin/author

ホロンバイル:http://www.china-embassy.or.jp/jpn/xwdt/t202158.htm

        :http://www.h6.dion.ne.jp/~yskasai/C/nomonhan1.html

        :http://www.art-museum.pref.yamaguchi.lg.jp/artmuseum/cgi-bin/detail?attrul=AA&id=00000018

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コメント

気づくのが遅れましたことをお詫びいたします。
こちらさまのブログで、この記事をとりあげていただきまして、まことにありがとうございました。
あらためて読み返しました。
山下淳氏はもう故人でいらっしゃいませんが、生きておられたら、どんなにかこれについて語りあいたかったことでありましょう。

香月泰男の 列

10位

列、ただ一字でイメージが鮮やかに浮かびます。

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