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2006年5月29日 (月)

課題句「異」

課題句「異」

    太田 一明・選

       月刊俳句誌『樹(たちき)』6月号より

特選

   地虫出て生き方異なる空がある  佐藤綾子

   花万朶異宗の寺々巡りけり     井上ちかえ

   燕来る異郷にむすめ置いたまま  田中 恵

佳作 

   しばらくは異姓でいいよチューリップ  小森清次

   「異議あり」の声する方へ紋白蝶    古永房代

   梅雨寒や異議あり夢の中の挙手    依田しず子

   朧夜の坂の途中は異人墓      林 照代

   亀鳴く句俎上に異議のあれやこれ   木村賢慈

   異文化も手真似で通じ花の道    太田つる子

   山桜異彩放って極まりぬ      猪ノ立山貞孝

   山ざくら異教石像二十六      竹原ときえ

入選 

   菜の花や遠くに白き異国船   宮川三保子

   異母姉妹同じリュックの春休み  阿部禮子

   諳んずる句も異口同音花の下   堀井芙佐子

   春の雷人事異動の割れガラス   広重静澄

   水彩展異才を放つ玻璃若葉    神無月夜

   枳殻垣のぞいてみれば異人かな   姫野恭子

   満開の桜の下に何の異もなし    島 貞女

選者吟

   風光るいつでも異議のない小腹   太田一明

主宰吟 

   異端とはあるいは鬼才花は葉に   瀧 春樹

ゲスト吟(今回は間に合いませんでした。佳句を戴きました。) 

   ためらいの卯の花腐し異邦人     斧田千晴

 

課題句作品募集:太田一明 選

課題の文字をよみ込み、有季定型未発表句。 

一課題ごとに三句まで。締切厳守。

次号 「魚」 6月20日締切 樹8月号掲載

    「口」 7月20日締切 樹9月号

会員外の方々の投句をお待ち申し上げます。通りすがりにうた投げ入れよ梅雨の空。

選者・太田一明氏は若き日に伝統俳句結社「自鳴鐘」にて研鑽をつまれ、のち瀧春樹主宰と出会われて「樹」に入会された句歴30数年のベテラン俳人です。句集に『花茣蓙』あり。

 日本の塩は海塩初明かり    太田一明

 水仙やじわりじわりと国腐る    〃

 さくら咲くまでの一年ねむりたし  〃

参照・横山白虹(よこやまはっこう。故人)

 ラガー等のそのかちうたのみじかけれ  横山白虹

    ・http://www.hb-arts.co.jp/000901/tsuido.htm

    ・http://nantosei.hp.infoseek.co.jp/akira03.html

連句的参照:

   白虹:http://www.kumagaya.or.jp/~carl/bow/index.htm

   蘇軾:http://zyh.cocolog-nifty.com/xinsheng/2006/04/post_f258.html

※何の断りもなく引用を始めましたが、選者の知るところとなりました。太田氏は「順位をつけるのは不本意であり、毎月ストレスがたまる」そうです。笑。お察しいたします。でもどうか続けていただきたいです。課題句は楽しいです。きっと川柳家もそうだろうと思うのですが。(川柳の鍛錬はこの手法ですから。)それと、これは『樹』本体をご覧戴かねば分からないのですが、このコーナーには毎号、書が付されていて、それがとても楽しみなんです。今月は十一世紀宋の詩人蘇軾の、非常にエレガントでのびのびとした「異」の字を見ることが出来ます。書家でもある瀧春樹『樹』主宰の企画であり采配によるのですが、ただ一字のことなのに、古い時代の書がここに置かれることで、全体がぐっと引き締まり、自由な時空枠を獲得するから不思議です。

先日、『樹』で月評を担当されている鍬塚聰子氏から俳句誌『豈(あに)』を7冊も戴きました。一冊をはらりと開くと、そこに筑紫のいわいと同名の俳人の評論があってつい読むと、非常に共感する内容にうれしくなりました。(「豈」40号)。ことに、優れた読みは作者自身さえ気づかぬ点まで指摘してくれるというところ、全くその通りです。筑紫磐井氏は桂信子の山口誓子評を誓子自身がそういって驚嘆したと紹介されていたのですが、『樹』でも鍬塚氏の読みが深く鋭いと同人の澄たから氏等から驚きの声がきかれます。私も以前、広重静澄氏の結婚祝賀と戸畑の弥勒句会(美禄句会)100回祝賀句会が小倉であったとき、樹の若き同人・宮本千賀子氏の感覚的な句を評してズバリ作者の心情を言い当てられた鍬塚さんにとても驚きました。 

それと同様のことを太田一明氏の選評でも感じます。以前、拙句「薬袋(やくたい)に仕舞ふ真冬の星一顆」を評して、この星は花や野菜の種であるとおもった、自分の母はよく薬袋に種をしまっていたからだ・・と読んでいただいたときに、おなじことを思いました。そしてそういえば、我が家のねんねばあちゃんもそうだった、薬袋に入れた種をよく郵便受けに入れてたなあと、忘れていたことを懐かしく思い出しました。まさに読み手の数だけよみがあり、詠み手の数だけうたがある。俳句はよみての潜在意識を刺激し総動員する、まさに日本独自の「お委ね文芸」だと思います。

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コメント

よしが昨日からせきがひどく学校を休んでいます。昨日はダビンチコードを見る予定でしたが、延期して代わりに恭子さんお勧めの「恋は五七五」のDVDを借りてきました。故郷の松山城が懐かしく、俳句甲子園も、こんな風にしていたんだ(本当かなあ?)と興味深く見ました。まったくの初心者相手に顧問の先生が言った「連歌の五七五の返事(?)七七がなくなったのが俳句。だから俳句には謎と期待がある。」なるほどなあ。恭子さんからもよく聞いていたのに忘れていました。そして生徒たちの素直に言葉にしていく姿。それも忘れていたなあ。心を解きほぐしてみたくなりました。

よしくんきっと疲れたんだねえ。近距離通学でも五月末あたりは、疲れてお休みするころだもの。うんとがんばって遠距離通学してると感心してます。よしくんはおぼっちゃまだし行きも帰りも駅まで送迎するだろうと思ってた。それが、先日なんか夜雨降ってたのに、バス停から歩いて。私が天神まで遠距離通勤してたころは、雨がふったら迎えにきてもらってたよ。笑。えらいよ。かばん、めっぽう重いし。うんと寝て、疲れがとれるといいね。
遠距離通学や通勤はそれだけで一日のエネルギーの五分の一を使っちゃう感じがする。でも、あの電車にのってぼーっとしてる無為のじかんって、なにものにも代えがたい。奥の細道の冒頭を思い出すほどだ。笑
だびんちこーど、ただでみれていいね。みたらおしえて。
『二人日和』という映画を見たい。調べたら、六月に長崎、七月に熊本。いけたらいく。28日に大牟田であってたんだよね。知ってたら行くんだった。ざんねん!

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