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2006年5月30日 (火)

はとぽっぽ

  ぽっぽっぽ はとぽっぽ

  まめがほしいか ソラやるぞ

  みんなでなかよく たべにこい

     「はと」   乙骨三郎・作詞

福岡では、こどもが幼稚園から小学校へあがる節目のときに、『はとぽっぽ』を演じます。もしかしたら、全国共通の儀式なのか、そうではないのかを私はよく知りません。小学校の運動会で、プログラムのお昼いちばんに次年度の入学生をあつめて円になり、、曲にあわせて先生や自分の住む地域の上級生のリードで簡単な踊りを踊るのです。その曲名が昔から『はとぽっぽ』なのです。

いままでじっくり考えたことがなかったのですが、「君が代」を国歌にと進言した明治時代の旧幕臣にして儒学者・英語学者の乙骨太郎乙に興味をもち調べるうち、三男の三郎が東京音楽学校の先生であったことを知りました。乙骨家の家風は、とにかく勉強が好きな一族で、子沢山の子のどの子もみな今でいう東大やお茶の水女子大を出ているようなところです。それでいてどの人も、ちっとも構えていないしすかしていない。むかしのことばでいうなら、腰が低いというのでしょうが、この言い方はなんとなく秀吉的で意図的で下心ある感じがしてすきじゃありません。だから・・なんというのがいいのか、私の語彙では表現できません。「名利に恬淡であった」という永井菊枝氏の言葉が、一番ぴたっとあてはまる気がします。

その「名利に恬淡」をもっともよくあらわしているのが、乙骨三郎の童謡の作詞です。この「はと」の歌詞も三郎がつくったものであり、ほかにも多くの名作があります。(「乙骨三郎」参照)。

「はとぽっぽ」をきくと、まずこころに浮かぶのは、一年行った(無理に行かされた)白百合幼稚園の遠かったことと、行きたくなかったこと、ほぼ毎日泣いていたこと、でもお友達が出来てからは行くのが楽しみになったことです。それと、小学校へあがるとき、このはとぽっぽをおどる列に母親から押し出されるようにして加わり、心細さに振り返ったとき、母親が泣いていたことです。

そのときは泣いてたとは思わなかったのですが、あとで何度もその場面が浮かぶたび、あれはやはり涙をふいてたんだなあとおもいました。でもこどもですから、感動して泣くということまでは分からなかった。

その後、自分でも母親になり、毎日なりふりかまっていられないような感じで日がすぎて、一人二人と子を幼稚園から小学校へ送る節目の「はとぽっぽ」のときに、おなじようにこみあげるものがあり、自然になみだがあふれました。

時代とともに歌はかわるけれども、この「はとぽっぽ」だけはかわってほしくありません。その作詞者が乙骨家の人だったことに気づいたとき、なにか大きい暗示をいただいたきもちになりました。

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