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2006年4月17日 (月)

どうでもよくない話

乙骨太郎乙八十才のお祝い連句(漢詩)の読みを引き受けて下さった埼玉の松本杏花氏に、当ブログ4・14付『西片町界隈「のて」と「まち」2』をプリントアウトしてファックス送信したところ、きのう、さいたま広報誌「みどり」四月号を送信して下さった。それにはなんと「池の鯉」や「案山子」「雪」などの童謡を作詞したとされる郷土の偉人・武笠三(むかさ・さん)についての「文化人伝」が写真付きで報じてありました。ー彼は、明治四年に浦和県三室宮本(現さいたま市緑区宮本)の氷川女体(正式には女體)神社神官の家に生を享け、東京帝大を卒業後埼玉第一中学(現浦和高校)で教鞭をとり、明治四十一年から文部省国定教科書の編纂を担当して唱歌を作詞した。有名な尋常小学校唱歌の「案山子」は幼少の頃見たと思われる黄金に輝く見沼田んぼの稲穂と案山子の風景を歌詞に託したものと思われる。その他、「雪」「池の鯉」なども彼の作詞だーと、こんな風に紹介が始まり、郷土史家とおぼしき人の写真とコメントが載ってます。武笠三を発掘した人のはなしではー『鹿児島における聖書翻訳ーラゲ神父と第七高等学校造士館教授たち』という本を読んでそれを知ったーとありました。見沼氷川公園には平成五年「案山子の像」まで造られ、武笠三の功績を讃えているそうです。

松本杏花氏は私が偶然送った文章に「案山子」や「池の鯉」などが乙骨三郎の作詞であると書かれてるのをよみ、あれ?という素朴な疑問でこれを送信して下さったものです。私もこれを読むまでは、乙骨三郎の名利を求めずという生き方に「かっこええなあ!」と感嘆を禁じえなかったのですが、まさに同じ昨日、東京の太郎乙の孫・永井菊枝氏からの返信も届き、コピーしてくださった研究書には三郎の作詞だと書いてあります。これは昭和女子大近代文学研究室から出ている『近代文学研究叢書』の37巻です。(参照:http://www.swu.ac.jp/graduate/research/kindai/content/new%20sousyo.html

「日の丸の旗」「鳩」「兎」「池の鯉」「浦島太郎」「汽車」などが三郎の作詞、と書かれています。文部省が出版を民間に任せていた小学唱歌を改善し、唱歌教育の基準をたてようとして十人の小学唱歌教科書編纂委員を依頼した、とあり、その十人の編纂委員の中に三郎がいます。(でも武笠三の名は書かれていません。もっとも七人の名しか挙げられておりませんが。あと三人を確認せねばなりません。)

「案山子」参考:http://www.maboroshi-ch.com/edu/ext_36.htm

乙骨一族の文章を打ち込んできて感じることですが、本当のことしか書かれていません。聞くところによれば、かかしの像の除幕式には金田一さんなどの有名人も駆けつけたそうです。なんだか、きもちがわるくありませんか。私は「君が代」を国歌に発見した太郎乙を「これってとってもすごくない?」と思いながら調べてきて、たまたまここに至った者に過ぎませんが、いくら名利を求めないと言っても、自分の書いた詞に別人の名が冠されていて、それを何も知らない後世の人たちが顕彰することは、「ちょっとちょっと。それはちがうよ!」と言いたいのじゃないでしょうか。

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コメント

こんな真夜中に、こちらへおいでくださった方、ありがとうございます。と、こんな遅い時間まで起きているわたしはいったい・・・

武笠三

むかさ・さん検索で9位に入っているのね。
どうか忘れないでください。乙骨三郎のこと。

面白いと思います、どちらも、名前に「三」がついてて。

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