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2006年4月 8日 (土)

一心行の桜

一心行の桜

一心行の桜

一心行の桜

  母と見し一心行の桜かな

  稜線が区切るは空か匂鳥

  虻を入れ蜂集らせて山桜

  一斉にケータイで撮る花疲れ

  レ点みおとす蝶のあしあと

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コメント

おお、これが一心行の桜ですか。幹も太くて立派、枝ぶりもいいし、見事です。辺りに遮るものがないせいか、本当に伸び伸びしています。私もせっせと桜の写真撮り。撮ってはパソコンに取り込み、撮っては取り込みで、桜ばっかりのスライドショーを見ております。でもやっぱり、桜はいいね。

斧田さんはブログしてないの。いつかケイタイへお寺に雪ふった写真ってのを送信してくれたのに、受け付けなくてとても残念だった。
阿蘇の一心行まで往復約二百キロあった。へばった。しかも最後らへんで渋滞。だからこの写真を送信したのち帰宅して画面でみたとき、あまり人がいなさそうに写ってるのに驚きました。
写せるものなら周囲三百六十度の景色を写したい。映画ユリイカみたいな景色です。

行って来ましたよ私も。でも、期待外れだった。ネットで見た大桜は見事な景観だった。しかし、現実に見た姿は哀れな姿だった。

地元の人は誰もが言っている。台風で大事な幹が折れたって。。。そうだろう、あの写真で見る姿はどこにも無い。

わずか5年前にはこれほどにメジャーになる桜ではなかった。地元のわずかな人々がその季節に花見をする程度だった。

ニュースステーションという番組で司会の久米宏がやっていた頃、桜のシーズンに夜桜をリアルタイムで中継した事があった。

ピアニストの羽田健太郎がその場所にグランドピアノを運び込み演奏した。それから一気にこの場所がブレイクしたのだ。

たしかにそれ以前の写真を見ると素晴らしいとも思う。しかし、今の姿は哀れを誘うだけだ。そう私は思った。謂れはどうあろうと、その姿に魅力が無くなればただの木々になってしまう。

もう二度と行く事は無いと思う。情報だけに惑わされ、今年も多くの観光客が訪れている。過去の姿がないものをいつまでも騙し続けるのは止めてもらいたい。

ひめのさん、公園化され商売に使われそうなそんな観光が人の心を掴めるとは到底思えないと思うけど、如何ですか?

ばどさん。お久しぶりです。
私は去年初めて行って、今年二度目でしたが、去年と比べて色々変化があった。一つ、駐車が只になってた。去年は籠をもったおじさんたちがいて三百円だか五百円だか払った。二つ目、桜の周囲がかなり工夫されていた。大勢の観客に耐えるために。三つ、かなり手前まで警備員が出て、一方通行を誘導してた。去年と同様だったのは食べ物。あいかわらず・・でしたね。本気で商売っ気を出せばいいのにと思った。これは八女のぼんぼり祭などでもいつも思うことです。客はおいしいものや珍しいものがあれば買いたがっているのに。田舎の人は欲がない。
私はあの桜、近くで見るととても感じます。全体をみるとたしかに哀れでも。又来年生きてれば行きたい。阿蘇にあるから、いきたいのかもしれない。帰りは久木野温泉に行って母と二人昼寝して帰りました。

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