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2006年4月11日 (火)

ははのてのひらは

 ははのてのひらは小さな野原です   倉本朝世

            (あざみ通信特別号)

春休み、次男を連れて戸畑の姑のところに一晩とまった。ははは一人暮らしである。

二月に左手の親指を骨折してギプスにいれたまま、家事が思うようにいかない。それで、夫が週末に泊りがけで行ったり、私が行ったりして掃除をしている。数年前にも肩を骨折したが、そのときも誰にも頼らず、ほとんど一人で治した気丈な母である。

わたしは、夫に対してはともかく、戸畑の姑と亡くなった舅はほんとうに大好きだ。義父は平成九年に亡くなったが、今もパイナップルを見たりすると思い出し、涙が出てくる。大正末の台湾で生まれ育った義父は、行くとよくパイナップルを上手にさばいて出してくれた。寡黙でとても立派な男気のある人だった。それにものすごく達筆だった。

戸畑の母は、私の母と正反対の性格である。とても家庭的で包容力があり、やさしい。こどもたちが小さいとき、わたしは実家に帰るより戸畑に泊まるほうが、ずうっと里帰りのほっと和んだきぶんを味わった。

それは今にして思うと、実家は一年中、農家で苺栽培に追われていたからだと分かるのだが、無言の圧迫感は娘の私でさえうっとうしいものだった。農家の仕事など全然知らず、田舎の慣習にもなじめない夫と、常にだれかの婿とくらべてものをいう高飛車な親との間に立って、日曜の朝は一階と二階をそわそわと行ったりきたりしたことを昨日のことのように思い出す。親は起こせと言う、夫は起きない。そりゃそうです。サラリーマンなら誰だって休日は寝ていたい。でも、農家は違った。

あのころの息苦しさは、無言の抑圧となってのしかかっていた気がする。

そんなときに、ふっと戸畑へ行くと、にこにことやさしく、温厚な父と母が迎えてくれた。母は私には何一つ家事を手伝わせず、新聞でも読んでいなさいと言ってくれた。そして、晩御飯の材料を買いに近くの市場へ私を伴い、そこで必ず私達一家の分まで明日の食材も買ってくださるのだった。実家の母と違ってずっと専業主婦の姑は、とても堅実で節約家で料理がうまく、行く度に私に趣味で作ったかばんや手提げをプレゼントしてくれた。だから私は自分でバッグを買ったことがない。ぶかっこうでちょっとダサいバッグでも、大事に使っている。

初めて戸畑のおかあさんと出会ったときのことを、時に思い出す。婚約前の或る日、戸畑の家に連れていってくれた。似たような細い路地がいくつもある静かな住宅地に、古い小さな夫の家があった。戸を開けると、掃除機をかけていたおかあさんと目が合った。足もとをそのころ夫の家に飼っていた室内犬が賑々しく駆け回っていた。「いらっしゃい」と言ってくれた声もまだ覚えている。

戸畑の母は私の父と境遇が似ていた。おじの家に養子に来て、そこで結婚したのである。義理の父母のことを、いまもよく姑から聞かされるが、実の親以上に自分を大事に育ててくれたと言って先日は涙をぽろぽろこぼされた。いくら感謝してもし足りないほどだと言って。

先日、次男を中学受験のときにあまりにも勉強させ、倒れさせたという話をしたところ、姑は、その不自由な両手に次男のあたまを包み込み、抱きかかえるようにして、言った。「まあかわいそうに!あそびたかったよねえ。えらかったねえ。」

ほんとうに有り難いと思う。わたしには出来すぎた姑である。

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コメント

できた嫁と姑なんて今の世の中には考えられない姿です。嫁は姑と同居なんかとてもできないと思っているし、姑は息子を取られたような感覚で嫁に接する。
そんな軋轢が素直な気持ちを壊してしまう。もっと純粋になれば相手の気持ちも理解できるのに。。。

私も母と嫁との関係に悩みました。同居を前提に結婚したのに、不満を漏らし始めるときりが無い。それから別居したものの根底には相手の親を敬う気持ちは無かった。あなたのような気持ちを持ってるお嫁さんは稀有です。ただそれだけでも尊敬に値すると思います。

ばどさん。ちがうちがうそうじゃないです。笑
すぐそうやってだまされて。あまいです。
距離が大事ということなんじゃないでしょうか。どいなかじんの私が都会じんの夫との結婚で学んだことは、計り知れないです。その一つが距離の取り方でした。田舎には人がぱらぱらしかいないから、どうしても干渉主義になる。例えばウチなど昔から親戚一同で問題解決を相談したりが当然だった。よそさまの夫婦仲とか借金とかほっときゃいいとは決して思わず、みんなで話し合って助けるのです。ずっとそうして来たからそれが当然と思っていたけど、ぜんぜんそうじゃないって教えてくれたのが夫です。
どっちがいいか悪いか簡単にはいえないでしょう。

姫野さん、私の句を採り上げてくださってありがとうございます。
私は義母と22年同居してますけど、
けっこう仲良くやってますよー!
姫野さんのお姑さんは、ほんとに
あったかい陽だまりみたいな人なのかな?
今風に言えば癒し系って感じかな。
うちの義母は小言が多くてしっかり者で、
孫たちにもいろいろと小言をいいまくるので、ダンナによく叱られてます。
「おばあちゃんなんだから、ちょっと
黙ってたら?」ってね(笑)。

あさよさんはえらい。それにご主人もね。でもおばあちゃんが一番えらい。小言をいうのが仕事って人もいなきゃ。家庭に一人。うちも同じタイプです。やせてるし。戸畑母はふくよか型です。とても信仰心のある人ですね。それは夫もそうです。同居してうまくいかない人たちを結構見てきましたので、ばどさんのようにほめていただいても、それは違うかもと自信がありません。ずっと一緒にいるのと時々会うのと、全然違うでしょうから。気遣ってもらうのを嫌がる姑の気丈さ、けなげさを尊いと思います。自分も先々ああありたい。

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