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2006年4月19日 (水)

恋の語彙 2

うき人を枳殻垣よりくヾらせん  芭蕉

  いまや別の刀さし出す    去来

せはしげに櫛でかしらをかきちらし 凡兆

    (「猿蓑集」 はつしぐれの巻)

いまごろの季節になると、芭蕉のこの恋の句を必ずといっていいほど思い出す。枳殻垣キコクカキというコチンコチンのことばが恋の甘さと苦さを醸して情景が見えるようだ。恋人をからたちの棘で刺されるに任せる女は残酷な表情を浮かべているに違いない。

 からたち:http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/karatachi.html

      :http://www.hana300.com/karata.html

      :http://www.jttk.zaq.ne.jp/babpa300/aa2sengo/karatatinikki.html

連句的にさらに現代俳句をくっつけます。この方は熊本のお医者様らしいです。(九州俳句誌より引用)

 まだ熱い単車を夕顔に寄せる    寺尾敏子

最後は上掲句から導かれる飯島晴子句でキマリです。恋句ではないけれど、荒々しい青春の香りを放つ名句です。お茶の木の持つ烈しい生命力を、そうとは感じさせずに沈潜した詠み振りで間接的によんでいる。ジェームス・ディーンのようなあんちゃんがそこらのお茶垣にバイクをチッゴ弁でいうところの「ようら」ぶちこんでいる情景。茶の木はひるまないでグッと受け止める。その若さを、荒々しさを。すんげえ句だな、と感動します。

 茶の花に押し付けてあるオートバイ  飯島晴子

季語的には「夕顔」は晩夏、「茶の花」は初冬です。

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コメント

枳殻というと、私はすぐに「枳殻邸」(邸は違うかも…)のことを思い浮かべます。東本願寺の大谷家が所有する(今も、かどうかは不明)広大なお庭がキコクテイというのです。一般には別の名前もあったけど忘れました。特に入園料はなくて、出口で志を出したような記憶があります。池の鯉が餌不足なのか、足音を聞くとすごい勢いで寄って来て恐いくらいでした。紅葉は見事です。今度行ったら、芭蕉様を思い浮かべましょう。

うんうん。そうなんです。実は書きかけの原稿が出てしまって。でもそれが却ってよかったみたい。二年前京都に行った時は知らなくて、そのあと瀬戸内寂聴講釈NHKビデオ源氏物語の「夕顔」を佐賀図書館で借りて見てたら出てきたんでたまげた。
寂聴さんは現場で講演してるから見てご覧なさいまし。芭蕉っていうと隠居じじいを思うけど、ほんとはすんごいイロっぽい男なんだよね。この付も源氏の面影。
夕顔をさらってしけこんだ枳殻邸で源氏の高貴な年上の愛人の生霊に夕顔は取り殺される。生霊は源氏の正妻葵の上も殺すからすごい威力だね。
17才の少年源氏が夕顔の亡骸を鳥辺山に葬るとき、悲しくて悲しくて落馬した・・というのが印象的でした。連句の付句の講釈のほうは安東次男の「連句の読み方」にしつこく書かれています、この辺も。
斧田さん。うちも東だったです。お寺には本当に助けてもらった。若いころ弟が死んで一年ほどだれともしゃべりたくないほど落ち込んだけど、高史明さんの本や講演を聴き、ごいんげさんの法話を聴いて、立ち直った。京都へ行くときはお寺にとまるよ。一泊四千円だし、朝ごはん、家で食べるのと同じできもちいいもんね。

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