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2006年4月27日 (木)

永井菊枝氏の話 2

  「思い出あれこれ」(後編) 永井菊枝  

 ビーフン

 五郎家で暫く遊んでから、一同打ち揃って静かな屋敷町を歩いて常盤町の古山家を訪れる。いつも御機嫌な栄三郎叔父さん、そして、幸、佑、富の花の三姉妹のいる古山家は、大塚の上の家、下の家、のあらくれ男の子にかこまれて育った私達から見れば、大そう優雅な雰囲気だった。同い年の富ちゃんと少しはにかみながら二言、三言、交すのも嬉しかったし、二階に上ると、バルコニー(4・15付の土方幸氏の一文参照)へ出る出窓の所に腰かけて、佑ちゃんがアコーディオンを弾いて見せたり。やがて、お昼どきになると、花嫁修業中の幸ちゃんが采配を振るって御馳走して下さるのが、きまって台湾名物のビーフンだったが、その美味しかった事。後年家庭の主婦となり、店にビーフンを見かける様になってから、私はあの美味しさが忘れられず、誰に教わるでもなく、昔の古山家の味を思い出しながら、工夫してビーフンを作って見た。綾夫兄が晩年、といってもまだ、ゆっくりゆっくりと歩いて、月に一度わが小医院に来られた頃、一度そのビーフンを供したところ、「うん、うまい。ビーフンになってる。」と大いにほめられたので、一層自信を得て、今でも古山風ビーフンは我が家の麺料理のレパートリーの一つになっている。

 苦味チンキ

 とんぼ捕りは特別として、父半二と直接話した思出は余りない。巴姉は仏英和女学校でフランス語をやったから、おなじ仏法科の父はよく、「姉ちゃんあれを知ってるか」などとフランスの小説の話か何かして、姉の方でも対等にそれに受け答えしているのを、流石長女の貫禄だなと感心したり羨ましく思ったりした。長じてから、英語の予習で判らない所があると、そこだけ父に聞いたりした事は時々あった。すると先ず「字引き持って来い」に始まって、たまたま辞書の頁のかどが折れたまま裁断されて三角の耳になっているのを見つけると、「こういうのをDog's earと言って、縁起がいいとされているんだ」などという講釈が始まるので、時間ぎりぎり、安直に判らないところの訳だけ聞こうと思っている私は気が気でなかった。昭和二十三年二月、父が最後の病に倒れた時、私は生後七ヶ月の長男をかかえて、見舞いも思うに任せなかったが、やっと時間を作って、丁度夫が海軍引揚げの時(3・4付「ミッドウエー海戦」参照)貰って来た苦味チンキの瓶一つをお見舞いにと下落合に駆けつけた。昔、大塚時代、朝目が覚めると、酔いざめのコップの水に苦味チンキを落して枕元に持ってこさせるのが、おきまりだったのを思い出し、そうやって苦味チンキ入りの水をすすめると、もう殆ど食べ物ものどを通らなかった父が、とてもおいしそうに呑んで「うまい、やっぱり海軍の苦味チンキはいい」と喜んでくれた。別になんでもない普通の薬局方の苦味チンキだったのだけれど、思えばあれが最初で最後の親孝行だった。

 父より二年足らず前昭和二十一年の五月に、疎開先の信州富士見で亡くなった母の死に目には逢えなかった。(2・28付「乙骨家の人々8」参照)「危篤」の電話を受け、取るものも取りあえず三鷹から中央線で富士見へと急いだが、当時の交通事情とて、やっと辿り着いたのは出棺の直前だった。お棺はもう釘を打ってしまったので、対面も叶わなかった。初めて見る坐棺という異様に小さな棺に、かがまって納められている母を思い、涙が溢れて止まらなかった。

 疎開地の不如意に逝きし母を納(い)れ悲しかりしよ  小さき坐棺

※苦味チンキ:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A6%E5%91%B3%E3%83%81%E3%83%B3%E3%82%AD

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コメント

そうそう、ビーフンって、台湾なんですよ。私の祖父が遠い昔、台湾にいたもので、うちでもビーフンを食べたがり、母が苦心惨憺して作っておりました。おいしかったかどうかはともかく、当時としては珍しい食べ物だったのかも、と思います。昔の日本人って、意外とグローバルだったようです。日本の領地がやたら広かったせいもあるだろうけど。

そうだったの。私が始めてビーフンを食べたのは、初めて就職して女子4人で寮生活をした時でした。中の1人が当番の時作ってくれた。戸畑の義母も作ってくれた。その後自分でも作ったけど、人気が出なかった。笑 
この永井菊枝氏の文を読むと、どういうビーフンか食べたくなりますよね。ビーフン道を究めた究極の味みたいにおもえる。
でもそれより、苦味チンキが「うまい!」ってのには、なんかこころふるえるね。

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