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2006年3月31日 (金)

よど号事件

きのう、ニュースで「よど号事件」のことを言っていました。

日本で最初のハイジャック事件が起きたのは1970年昭和45年。赤軍派の犯人たちは羽田発福岡行きよど号を平壌へ飛ばす事を指示したが、機は金浦空港に着陸した。それは老練な機長の判断だったとする外交文書を韓国政府が昨日公開したというものです。

新聞では石田機長(八三歳)のコメントも載っておりますが、それによると機長は「事実と違う事ばかりで驚いている。わたしは犯人たちの要求どおり平壌へ行くはずだったが、国内線パイロットだったから位置がよくわからなかった。(中略)あれから三十六年たった今、事件に巻き込まれたのは運命で仕方ないと思うが、乗客全員を無事に帰せたことは機長として誇りに思っている。犯人たちに特に言いたいことはない。」と話されていました。

ちょうど先週このブログで「江崎悌三夫人シャルロッテ」をとりあげましたが、その引用文の中に、長男は日本航空のパイロットになり、よど号事件では副機長として乗り込んでいた、とありました。ふしぎですよね。乙骨太郎乙の直系の曾孫にあたる人がよど号事件の副機長だったなんて。その方にもコメントを聞いてみたいものですね。

前に一度書きましたが、わたしの最初の就職先が福岡空港の警備員でした。昭和五十年です。ということは日本初のハイジャック事件から五年しかたっていなかったのですね。(福岡空港ではその年から女性の警備員も入れるようになったそうです。)一年ほどしか続かなかった仕事ですが、その間に二度検査がありました。検査というのは雇用主の航空会社が抜き打ちでするんです。一般の搭乗客に交じって航空会社の役員がいろんな武器を隠して乗り込んでくるわけです。それをボディチェックなり手荷物検査なりで発見しなければならない。いつどんな人が乗り込んでくるか分からないわけですから、隊長以下、ものすごく緊張しました。私は結局なにもそういうトラブルに遭うことはありませんでしたが、リーダー格のベテランのKさんが男の背中に隠していたドスを発見しました。からだの真ん中に隠しておれば、探知機を潜り抜けても反応しなかった時代でした。(いまはどうでしょうか)彼女はボディチェックによってそれに気づいたのです。そうやって、みな一丸となって搭乗客の安全を守っていました。

参考ブログ:http://www.kyoto-np.co.jp/kp/rensai/asu/41.html

同上:http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/yodo.htm

同:http://www.nhk.or.jp/kdns/_hatena/01/0519.html

石田機長死去のニュース:http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20060814p401.htm

平成18年8月13日お盆の入りになくなられました。

「かささぎの旗」で偶然取り上げることができましたことも他生の縁、謹んで哀悼の意をささげます。

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コメント

よど号 パイロット

約八万件中4番目

ありがとうございます
ふしぎな縁でした

失念せぬよう

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