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2006年3月15日 (水)

単身赴任

 きのう、お昼ご飯を佐賀で夫と一緒に食べました。二時でした。月に一回ぐらいでしょう、昼食を一緒に食べられるのは。週に一度は行ってアイロンがけや洗濯掃除買い物などのおさんどんをするようにしていますが、たいてい忙しくてお昼は帰れずすれ違ってばかりです。でも昨日は娘の話をしました。やっと大人になってきたよねとそんなことをです。

 単身赴任となって四年目だと思いますが、このごろこの関係のよさに気が付きました。最初のころはむやみに腹が立ってました、さびしくて。けれどもほんとうに寂しいのはあちらさんなんですね。たった一人で大変だろう・・と思って訪ねていくと、のうのうと遊んでたりするしそれを隠さない人だし、どうしていいかわからなかった。加えてこれが最大の障害だったかもしれないのですが、うちの父が一度も遊んだことのない人で、母と二人で非難する側に立つのです。勿論むすめかわいさのあまりではありましょうが。いまでも夫とチチはろくに口もききません。酒を呑めない夫ですし、だからこそ遊びたいわけでしょう。・・と、こんな風にゆたっと余裕で言える様になったのは、白状しますと、つい最近のことです。夫をマザコンと思っていたけど、じつは自分のほうが親離れできていないのでした。

 「国家の品格」を書いた数学者の先生が、いまのわかものは語彙が圧倒的に少ないから、恋をするにしてもケダモノなみの関係しか築けない、と書かれていました。(「致知」四月号)

国語力がなくなった国は滅びるしかない。私は俳句をしていて、それをいつも感じます。平明な言葉で深い句を。俳句の先生方がよく言われる教条です。でも、これが落とし穴でもあるわけです。似たような句ばかり氾濫させて、なにが楽しいのでしょう。いやしくも俳人ならば、ペダンティックと言われることを恐れず、手垢のついていない言葉を使ってみたいものです。そんなまだ誰も使ってないきらきらした新鮮なことばを発掘できたら、そしてそれを生かせたら、死んでもいいぐらいの気概を持って、どうせならやりたいなあと思っています。(思ってはいますが実行はチョーむずかしいんですよねえ、やっぱり。いつも墜落です。)だから、せめて歴史的仮名遣いくらいはちゃんとマスターしたいと思ってます。(何度も失敗してだんだんと身に着いていくものですね、あれは。)

  

  

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コメント

あらら別居中ですか。男は単身赴任にあこ
がれていますよ(笑)
でも、ひめのさんは理解ある妻ですね。正直な
告白にも圧倒されます。

私はここ3年単身です。これからもずっと
そうでしょう。寂しいとは思いません。
自分の生き方をもう変えれないから、この
まま生きて行きます。

たしかに今の若い人も含め子供達にも国語
の力がないですね。俗に言う読解力が足ら
ないと思います。純粋な言葉を知らないまま
くだらない造語で遊んでる姿は情け無いです。

新鮮な言葉は読み手の感性に委ねられます。
私も素直な気持ちでそれらの言葉を読みたい。

ばどさん。ちがうちがうそうじゃないです。理解ある妻がどこにいましょうか。首絞めて崖から突き落としたいわい。でもね。なぜかどっかでかわいそうという気がするんだ。いつかばどさんが書かれてたじゃろう、ブログに。あれを読んだときも、男ってさみしいなあって、そうおもった。一つは、自分が二人も息子を育てているので、それでだんだんわかってきたんだと思います。(でもそれとこれは別という感じもある。シャクにさわる。)

勝手に解釈してしまったようですね。
遊びを額面通り受け取っていいのか?
じゃ、同情します(笑)

でも、ずっとそんな想いで見つめられるより
少しは理解してもらった方が男は幸せです。

「国家の品格」自体は読みましたか?この方も本当に、まっすぐな方なんですねえ。読んでいるととても感動するんですけど、実際の外交や交渉って、やっぱり映画「シリアナ」並みじゃあないのかな、という気がします。でも、こういうことを言ってくださる方がまだいてくれる、ということは日本も捨てたもんじゃないかな?このままだと、冗談抜きで、中国かアメリカの属国に成り果てるでしょうね、日本は。あ、もうなってた…?

まだ読んでない。ただ12日お昼「たかじんのそこまで言って委員会」でのインタビューを見てた(何でもNHKの対応に激怒されて以来のテレビ嫌いらしい)。面白い。あの番組に出る台湾人の金美齢さんとおんなじ味だぜ。「致知」って知ってる?チチ。乳じゃないよ。母が行く鍼灸師に貸して貰った。文藝春秋のやらかいとこを取っ払ったような本。色気皆無。ついでに八女にもあるフィリピンパブとフィリピン人の嫁のことも教えてもらいました。知ってる人は知っていたのだ!知らんわたしが一番の差別主義だったのかもしれない。(というのをばどさんから学んだ。)大切なことよね。

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