無料ブログはココログ

« 即 | トップページ | 恋の語彙 »

2006年3月24日 (金)

バス通り

新聞連載の甲斐よしひろの随想「九州少年」今朝で26回、折り返し地点にさしかかる。萩尾望都の挿絵の絵柄がかわった。バスケ少年が膝を抱いてる図柄から、今度は足洗い場の水道蛇口に直接口つけて水を飲んでいる少年(右手は右ひざに)のカット。薄い彩色が絵の雰囲気になじんで、なんともいえず繊細である。この人は少年を(それもなよやかな美しい少年を)描くのがうまい。東京の弥生美術館の高畠華宵もまっさおというところだ。

甲斐よしひろをそんなに好きだったわけじゃない。普通にヒット曲を口ずさめる程度のファンだ。でも「バス通り」という曲の「風が僕の日記帳の頁をめくる 誓った言葉はどこにもない 日が暮れるのも忘れて歩いたバス通り」(これ一番二番ごったですかね)あたりを聴くとこみあげるものがある。歌詞だけを見るとくそロマンチシズムみたいでおセンチで・・でも声から受ける印象は野生的なものがある。どの歌もそうだ。同時代に青春を送った記憶が蘇る。

同時代に青春を送るとは、同時代に幼年期を送ってるってことです。

けさのは「台風」という題で、台風が来た日の柿泥棒について書かれていた。悪ガキ仲間と役割分担してよそんちの柿を台風のどさくさにまぎれてぶんどるという上品な話だ。こういうのは、別にむかしは普通だった気がする。(台風の日にと断っているだけ、むしろおくゆかしい。)台風の日のゆえなき興奮、動物としての本能がすべて解き放たれるような・・それを子供時代にあじわうことは、ヒトとして不可欠だと思う。泥棒は悪いことながら。

« 即 | トップページ | 恋の語彙 »

コメント

久々の甲斐よしひろですね、読めなくて残念! あの声、ほんとに懐かしいです。キーが高くなると、ちょっと無理して出してるようなところもね。私があまりよい状態ではなかった頃に聞いていたので、懐かしいといってもいささか鬱屈したものがありますけど。年代的にも私の方があとなので、どれくらい同時代性を持っているかは?ですが。いずれにせよ、遠くまで来たなあ、という感じはあります。近所のガキも、みんなオッサンになったし…。

おおオノダ。お寺は彼岸参りで忙しくなかった?こっちは強制じゃないから、行かなかった。(案内はきた。)いろいろあるねえ行事が。庶民でこんだけあるから、皇室は推して知るべしですね。
甲斐さんは私より一つ上だった。新聞を夫に見せようといつか持っていったら、ふふんって。なんか敗北感あるんだろうか。(むかし、本気でやろうとしたことがあったみたい)だけん、斧田さんに送る。せっかく集めたけん、捨てるにしのびない。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: バス通り:

« 即 | トップページ | 恋の語彙 »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31