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2006年3月10日 (金)

軽トラで行こう

きょうは庭の紅梅、白梅、沈丁花がとてもつよく香る日です。

でもヒヨドリが来ないし、うぐいすもさっぱり来ません。なぜでしょうか?

去年は台風がたいしたことなかったので(八女は目の中に入ってたかんじです)、柿の実がたくさん、いつまでも木にくっついてました。鳥たちも食傷気味なのは見てわかりました。それでかな?たべるものがたくさんあるのでしょうか。

久留米の俳人・中村マサコさんと電話でおはなしをしました。そうしたら、やはり鳥が今年は来ないことを気にしておられました。マサコさんの記憶ですと、十年前くらいに一度こんなふうに鳥が来ないことがあったそうです。いつもいる鳥は、かささぎやカラス、雀、それに鶫(つぐみ、これはもうじき帰るのか)、ハト、あとはほぼ全ての種類のサギです。ことに我が家の裏には川が流れていますから、サギの観察には事欠きません。

青サギは英語で、グレイ・ヘロンというのですよね。見たまんまの名づけです。だってこぎたない灰色のおおきな鳥なんですから。それがなぜ品のいい「青鷺」なんて名を昔の人は与えたのか。それは、じっと観察しているとわかります。ある昼下がり、休耕田に草が生えぬよう水が張ってあるところに、たくさんの白鷺がきていました。(夏です。)そこへ舞い降りた一羽の青鷺。他の白い鷺は小さくて数も多かったので、よけいにそう思えたのかもしれませんが、色はさえないのにあおさぎの雰囲気は他を圧していた。優雅ですらあった。しかも、真ん中にいた。(笑)おお、きれいじゃないか!と、素直に感動しました。

青鷺は鳥の本質を捉えたとても綺麗で繊細な名づけだったとおもいます。

雨が降って、未舗装の道に水溜りができるころ、軽トラにのって結構なスピードでそこを走るのは、一度やってみるべき楽しい怖い経験だと思います。あなたのたいくつな人生が、薔薇色に変わる事まちがいありません。あと、山の斜面や稲刈り後のたんぼの切り株だらけの中をぐいんぐいん走るってのも、いかがでしょうか。一度、おすすめです。

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コメント

青鷺は私もたまに見ますが、やはり白鷺が主流ですね。いつだったか、車窓から見た河原で、白鷺の木、になった木がありました。もう、白鷺だらけで。他には、白鷺の放尿の瞬間を見かけたり(飛び立つ瞬間思い切りジャッ!とやってました)、川の中の小さな魚をタッ!と挟んで飛び上がるを見たこともあります。かと思うと、用水路の中をとぼとぼ歩いていたり。とても興味深い鳥です。でも、あの白さはいいなあ。

うんうんそうっちゃ。笑
さすがギフはいなかずら。
放尿シーンは未見ですが、必見でしょうか。たんぼにいた「どぜう」をくわえて、よたよたと飛んでいった五位鷺をみたことある。見栄張ってるかんじだったな。
夏になるとからだが亜麻色になるアマサギもとてもきれいよね。あれは婚姻色らしい。
あるく姿では、かささぎが面白い。スキップです。あとセキレイの小走りもいける。

私は白鷺しか見たことがありません。
でも田んぼや河原で一羽だけでも目立って
その優美な姿を見せてくれます。

凛としたその立ち姿には他を寄せ付けない
世界がある。北海道の丹頂鶴のような荘厳な
美を感じます。

群れじゃない一羽の素晴らしさです。

そうですね、一羽でもいますし、群れでもいる。飛ぶとき、きっちり両足をそろえてるのが、つつましい。
ばどさん。フィリピン女性を差別してはだめですよ。お願いします。私の義妹はフィリピン人です。でも、一度もあったことありません。電気もガスもないような土地だそうです。熱心なクリスチャンだそうです。子供がふたりいますが、あちらで育てているそうです、こちらじゃ差別がひどくて。一度会ってみたいのですが・・・。

姫野さん、私の言い回しに誤解を与える
言葉が有ったかも知れませんね。
ごめんなさい。
決して、差別する気持ちはありませんので。
お許し下さい。

私は全世界の人々と知り合えたら幸せだと
常々思っています。今まで言葉を交わした
人間なんて千人にも満たないですから。。。

ばどさん。いいがかりみたいなことを書いてしまいました。すみませんでした。

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