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2006年2月27日 (月)

乙骨家の人々 7

 関東大震災では大塚の家は焼けませんでしたが、朝鮮人の虐殺事件などがあり、半二は連日横浜まで出張するなど多忙を極めました。その九月十二日には古山倭文(しず)が小林正紹と東京会館で結婚式を挙げる事に決まっていました。三越に注文してあった振袖も八月三十日に届いたその翌日の災害です。この年の始めから古山おさだは病気になり、とても台北から上京して娘の結婚の為の世話をする事など無理だから、万事半二夫婦に頼むと言うことで、五月の見合いから九月の結婚式まで、倭文は乙骨半二の家に居て、色々準備をしていました。富田義男夫妻の媒酌でしたから、上流階級に属する小とよ夫人のお指図で、当時出来たばかりの遠藤波津子女史の巴里院と言う美容院なるもので化粧や着付けをして貰うとか、東京会館では西洋風の披露宴であるから落ち度のないように食事の作法を学ぶ為に試食に行くとか、当時の私達にとっては驚天動地の事どもで、テンヤワンヤの準備をしていました。そこへ地震で東京会館や巴里院は焼けるわ、世の中は殺気立っているわで結婚式どころではないのですが、夏の振袖を作ってしまったから冬に入ってはまずいというので、九月ぎりぎりの三十日に挙式という事になりました。台北では地震の報を聞いて、栄三郎・おさだは、もう倭文はかたわにでもなってしまったのではないかと夜も寝られず心配したという事です。巴里院も焼けたので、昔ながらの近所の髪結いに来て貰って着付けを済ませ、迎えのハイヤーに半二夫婦と倭文が乗って中野の小林家に行きました。花嫁衣裳など着ていては殺気立った人々に何をされるか判らないとて、窓のブラインドをすっかり下ろしての花嫁行、小林に着いた時は倭文は気持が悪くなったという次第でした。

 ともかく無事に送り届けて親代わりの役目を果たし半二夫婦はほっとしたわけでした。預かったお金で事を運ぶのですから、ちり紙の果てまで明細に書き出して古山へ報告した、しゅんの気苦労も大変だった事と思います。娘の花嫁すがたも見ず、初孫文子の誕生も待たずに、翌年(大正十三年)の二月二十九日、おさだも、まだ母の手を必要とした下の三人の娘に心を残して結核で亡くなりました。植民地の上っ面のみ派手な交際を嫌って、東京に帰りたいとよく言って居られた望みも果たせぬまま、遠い台北の地での最後でした。頭のよい毒舌家というのが私の印象でした。

 何といっても乙骨の本家ということで、太郎乙の家、引き続いて半二の家は人の出入りの多い家でした。盆暮の挨拶に見える方も多く、外山正一未亡人や上田敏未亡人の優雅な姿に接する事もできました。上田のお悦さんの日本語の素晴しさ、お召物の好みの渋い上品さ、忘れ得ぬものです。吹田こう大叔母はよく愚痴を交えながらおしゃべりするせっかちなお婆さん。派手なのは富田のお縫大伯母(おつぎお祖母さんの姉。日銀総裁や東京府知事をした鉄之助夫人。杉田玄白の曾孫のうち長女に当たる。)いつも小間使をお供に母やお千代叔母、私達子供にまでの贈り物の浴衣などを何反も積んで御入来、お花見の話、お芝居の話など一しきり陽気におしゃべりしての御帰還。甲野のお恭さんや上田の瑠璃ちゃん(瑠璃は上田敏の一人娘。姫野注)がお嫁に行く前には奇麗に着飾って、太郎乙お祖父さんの所に挨拶に見えましたが、虎ノ門の女学館一の美人ということで、後に八幡製鉄の社長になられた渡辺義助夫人となったお恭さんの高島田振袖姿は子供心にも惚れぼれと見とれる位、美しいものでした。

 吹田順助、小室龍之助は、半二といい勝負の酒呑みで、いつ果てるとも知れぬ酒宴が続いて子供達は大恐慌でした。

 富田義男(太郎乙の妻の姉・縫の子)は生真面目な酒を呑まぬ方で、若い時は定職を持たず、父鉄之助の遺産を継いで、夏は軽井沢に冬は熱海に避暑・避寒、家には数名の召使がいて、いつも食客を置いているといった呑気な生活。併し御当人はそのような上流生活に飽き足らぬ面もあったようで、よく半二の所へ人生相談に見えました。色々な事に凝ったり、事業を始めたりするのですが、何と言ってもお坊ちゃん育ち、人にだまされたりする事が多く、大邸宅を次々に手離され、最後は老人ホームの一室で亡くなられたのは、敗戦後間もなくの事でした。優秀だった一人息子も海軍に取られて戦死、昔を知る者には本当に痛ましいことでした。

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