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2006年2月22日 (水)

男たちの大和

初めて一人で映画をみました。今日はマイカルのレディズデイでしたので「博士の愛した数式」を見ようと思って、こどもの服を買うついでに佐賀の上峰サティへ行ったのです。でも気が変わって、見たのは「男たちの大和」でした。

「乙骨家の人々」入力途中ではございますが、どうしても感想を書いておきたく、一筆します。わたしは平成十五年に「石橋秀野ノート」という拙い本を出しました。四年がかりで書いた本です。当時わたしは苺農家の一員として働きながら、「張形としての俳句」をして、ぜんそくもちで入退院をくりかえす病弱な息子の母親でした。いま振り返ると、精神的にも肉体的にもぎりぎりのところでやっていたなと思います。だからかもしれません。ものすごいシンクロがたくさんありました。いちいち書くのも追いつかないほどの偶然の一致。

霊に呼ばれる、ということがあるのだろうと思います。よくわからないのですが、ガダルカナルで戦死した伯父に呼ばれているのか、秀野にか、急性薬物中毒死した弟にか、太郎乙にか誰にか、わかりません。でも、はっきり感じられるものがあります。呼ばれていることです。乙骨太郎乙に関しても、遺族のかた(永井菊枝氏)の話を伺ううち、えっと驚くようなシンクロがあり、張り巡らされた糸がみえてきます。それは縁の重なりです。

「男たちの大和」を見て、つながっていると感じました。戦前と切れていたものが、つながっていたのです。それは、なんだと思いますか。国家に殉じた男達の真心は生きている、という事実です。

散る桜のこる桜も散るさくら・・・映画の中で反町くんがつぶやく俳句です。死ぬもの生き残る者、そして生き残ったものの使命。ちょうど新撰組の土方歳三が死に場所を求めて函館に行き綺麗に散っていくとき、榎本武揚に「あんたは生きて未来をつくれ」という言葉を遺します。それを伝える伝令の少年が「男たちの大和」でも似た役回りで出ていて、いい味をだしていました。男では彼、女では寺島しのぶがやはりよかったです。寺島しのぶって美人じゃないのに、あの存在感はなんなのでしょう。

こういう映画がやっと出来たことを喜びたいです。

 昭和十八年  山本元帥戦死の報に

 薫風に膝たヾすさへ夢なれや  石橋秀野

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コメント

ひめのさん、私は正直に言うとあまりに硬い文章は引いてしまうところがあります。2月15日の日記「ドメスティック」には少し心が揺れました。コメントを返したかったけどちょっと公に晒すのをためらいメールで感想を述べました。

あなたが「博士の愛した数式」を観ないで「男たちの大和」に心変わりした気持ちがよく解ります。その心がひめのさんの「らしさ」だと思う。上峰サティと聞いて懐かしく思い出しました。私もその場所で映画を観た過去があります。

誰と?っていう突っ込みは止めましょうね(笑)ぷんぷんと不倫の匂いが漂うから(爆)
冗談は置いといて、時々は柔らかい「らしさ」を語って下さい。その時は、一ファンとしてコメントしますので。。。

今夜は私の拙いブログにコメントいただいてありがとうございました。競輪だけじゃない触れ合いにいつも励ましをもらって感謝しています(^^;

戦争のことは、もっともっと関心を持って考えないと。そのためには、どうやら明治維新あたりから説き起こさないといけないらしくて、私の手には負えませんが。あの映画は海軍中心の話なので、これが陸軍中心となると、まるで別の話になるでしょう。相当仲が悪かったそうで、何かというと相手に非があると責め合っていたようです。山本五十六さんは戦死だったから国葬までされたけど、生き残った東条さんはA級戦犯だからね。極東裁判って何!?って思います。

ばどさん、おのださん。それぞれに本当にありがとうございます。極道渡世人という尊称を奉っているばどさんの正体をちっとも存じ上げませんが、たまにビシッと真正面からチョークが飛んできておったまげます。どこに住んでる人だろか。おかしな人です。斧田。きちんと答えてくれてかたじけない。こういう映画が出るとこれまでは右翼のなんのとあげつらうばかりだった。
でもそうやって逃げてもなんも始まんないものね。全く知らんことだらけですわ。

陸軍と海軍は少なくとも、日露戦争の時にはすでにかなり仲が悪かったようです。
哲学的なちがいを易しくいうと、兵隊を送り出すとき、
海軍は「必ず生きて帰ってこいよ」
陸軍は「死んでお国の役に立て」
という雰囲気をもっていたようです。

そうなん。そんなに以前から。忘れられない短歌があって、いつも記憶で申し訳ないですけど「海軍は間違うとらんかった共産党員たりし父の口癖」こんな歌です。(細部は違うかも)愛媛の片上雅仁の歌。わたしはこの人の歌が好きでして、いくつか記憶している歌があります。それと、俳句と連句でご一緒した福岡のはるのみなとさんも父上が海軍で、独特の矜持を持っておられたっけなあ。確か服も違うんですよね。

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