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2006年1月18日 (水)

今日中に「薬」という字をいれて何句か俳句を詠まなきゃいけない。

くすり。薬剤師。芍薬は季節がちがいすぎ。当帰芍薬散は血の道のくすりだよね。薬という字の入った季語は「薬喰」があるけど俳諧臭い。こんなときは、どうする。

  革臭き革ジャンとゐて薬喰ひ

  薬袋に春の字のある懶さよ

  薬袋に仕舞ひぬ真冬の星一顆

  薬師寺や枯木響もす無数の秀 

  医師の子と薬屋の子と日向ぼこ

  冬麗のふつふつ滾る薬缶かな(喘息薬キササゲを煎じる)

六句できた。自由に雑念を楽しめるのは句をよむときだけだ。句をよむことは恋の成就に似ている。

薬袋と書いてやくたいって読むんだけど、こんな言い方は病院関係者じゃなきゃしないだろうか。若かりしころ病院に勤めたことがある。奇篤な患者さんがいて、必ず薬袋を持参された。何度も何度も使用に耐えたその人の薬袋。この間まねして同じことをしてみたら、「あ。いいですよ。あたらしくつくりますから」と即座に窓口の人に断られた。さみしいね。

  

 

  

    

  

  

 

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