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2006年1月29日 (日)

村神事

マフラーを解きつつ始む村神事   澄 たから(すみ たから)

作者と同じ村の住民として、書き残しておきたいです。

全部で四十戸に満たないちいさな村ですが、みんなで大切にしているお宮があります。隣組はみっつ、その頭三軒で月に二度の掃除や年間行事のお世話をいたします。

この句は時期からいって一年最後の「おざ」の神事を詠んだものと思われます。例年師走の第一日曜の朝に執り行われる神事で、近在の出前の宮司が見えて祝詞奏上をし、玉ぐしをみんなで神前にあげて、あとは一緒になおらいをするという素朴な民俗行事です。あまり深く考えたこともありませんでしたが、新穀をたくさん上げて実りを感謝するにいなめ祭です。記録では江戸時代からあります。(寛文十年。これは祭りの記載ではなくお宮の記載があっただけですが)

でも書きたいのはそういう知識じゃなくて、夫の懐かしい思い出です。

結婚すると、村では村の衆にお披露目する宴をはらねばなりませんでした。これは農村だったら、どこでも昔はそうだったはずです。いまはだいぶちがってきてますが。で、隣組の人たちを招いてお祝いをしました。お酒が体質的に飲めない夫はそれでもなんとか座をこなし、次に長老の家にあいさつにでかけました。夫はマフラーを巻いていました。正座して長老に頭をさげてよろしくと言っても、マフラーを取り忘れています。すると長老が夫をとがめました。失礼じゃないかと。すぐさまマフラーをとり、あやまった夫をなつかしく思い出します。いまにして思えば、あれからずっと夫は私と結婚したばかりに田舎のもつある種の厳格な「式」にむちをふるわれてきたような気がします。(マフラーの一件はそれ以前の常識かもしれませんが)

さいきん、何かの折に夫がぽつっと言いました。あのときマフラーのことを言ってくれた長老には感謝している、と。そのときは腹がたったけど、何も知らなくて横着だったよと。

町の人間と田舎の人間はそもそもぜんぜんちがいます。

今になってホリエモンはいなかものだといって馬鹿にしますが、ではテレビは何を映したでしょうか。茶畑と高速道路とさみしい彼の家だけです。いなかには何もないときめつけて、ばかにして、なにも映さなかったし、みようともしなかった。たんぼやさびれはてたシャッター通りとよばれる商店街やは映さない。だからこそ彼のような人間が生れたのに。

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