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2006年1月16日 (月)

黌という字

文章の引用をすると、書いたそのひとに息を合わせることができる。たましいのチューニングができる。

きょう、雨は降るし、終日家にこもって「アジア主義」という古い本のなかに見つけた岡倉天心の「東洋の理想」を読んだ。ずいぶん前に古本屋で買ってた本で、竹内好編の霊的な本である。去年「日本詩の押韻」という九鬼周造の論文をよみ、しばらく九鬼周造にはまっていた。おもしろいし感性的に痛いところがあって、理屈っぽいのに泣けるのである。論文で泣くというのは変だが。ことに随筆集で見つけた母の思い出を九鬼が綴ったものは、母と岡倉天心の情の交わしあいをこどもの視点から捉えて出色であった。こころがふるえた。そういうわけで、わたしは岡倉天心を九鬼を経てあらたに発見し、その目でよむ「東洋の理想」はこころに直にひびいた。

引用しようとしたのは、でも、そうじゃなくて小島直記の「無冠の男」である。上巻三章の鼎軒田口卯吉に出てくる乙骨太郎乙をまるごと引用しようとかなり長い時間奮闘したが、終わり近くで、どうしたことか飛んでしまった。

あーあ。でも、一つ残ったものがある。「黌」=コウの字である。昌平黌のこうの字。この難しい字は、下に黄色が入っている。なぜだろう。すぐ浮かぶのは、鍼灸院に貼ってあった人体ほか自然の五行表である。漢字字典をひいたわけじゃないが、この黄は五行の黄、土性の気を有する字だろう。学ぶときはまだ土のなかにある芽とおなじだ。だから黌は土性の黄なんじゃないかしら。

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