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2006年1月27日 (金)

儒教と冬ソナ

 このココログにはまだいろいろ分からないところがある。でも、自動的にまるで歳時記の分類みたいに項目ごとの編集が右のサイドバーによってなされるのはすばらしい。あとは、マリオットの盲点のassamさんみたいに「別区」を持ちたいです。岩戸山古墳の別区みたいに。いろんな事情で緊張感が続かないとき途中で他の話題をなげこむと、研究素材をうっちゃるみたいで失礼なかんじがします。私としては生身だし、どっちも大切なので。以上「堕ちたるは」を涙をのんで切り捨てたいいわけに一筆しました。

 さて、乙骨太郎乙の「無冠の男」からの引用は以上ですが、読んで写して小島直記の調べっぷりとまるで講談師みたいな語りっぷりにうならされます。ノンフィクションの歴史ものは事実の羅列だけじゃつまんないし、時代の躍動感を、人物群像とその史的な意味に対する毅然とした批評眼とをもって書かれています。読者を飽かせることなく引き付ける力わざを教えてもらいました。

 「無冠の男」の一人でもある太郎乙を調べるには、まず、その父から見てみなければなりません。太郎乙の父、乙骨耐軒彦四郎は幕末の官学派詩人(詩集こそないものの名のある漢詩人だった)で儒学者でした。その資料「乙骨耐軒」坂口筑母・著から、ただ一行ことに印象的な耐軒の人物を言い当てているくだりを抜き出しますと、

 「人は彼を評して狂狷の流れといい、純儒の経を枉ないという。」 

 このことばがまっすぐにわたしの心臓につきささります。意味はよくわからないんです。でも、言葉のひびきと緊迫感とが、時代そのものの迫力を持って迫ってくるのです。キョウケンノナガレ。ジュンジュノケイヲマゲナイ。

 とたんに「冬のソナタ」が浮かんだんですから、たいしたものです。儒教を知らないわたしたち現代の日本女性でも、無意識にしっているものがあるということを「現代俳句と女たちー張形としての俳句」を書き進めながら、だんだんと認識させられつつあります。近年の韓流ブームはまさにその「きづき」なのでありましょう。

 ということに気づけば、わたしがやみくもに沼津くんだりまで行かされた衝動も、ゆえなきことではありません。歴史的必然に駆られてのことだったのです。

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