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2006年1月11日 (水)

死ぬなと泣きし

 初夢は死ぬなと泣きしところまで    天魚                                                    

眞鍋呉夫先生から年賀状をいただいた。ただ一句、この句が鮮やかな手跡でしたためられていた。正月から連句の同志だった故貞永まことのことを痛いようなきもちで思い出していたから、一瞬胸を衝かれた。

この句を発句に前田圭衛子先生が脇をつけられて、連衆で恋の歌仙を巻いた。脇は、

  しぼり柱に揺るる餅花         圭衛子

ほんとうに貞永さんはこの歌仙を巻いてしばらくして旅立ってしまわれたのだが、前田圭衛子宗匠のおそろしいまでの勘を歌仙を巻くあいだ中びんびん受け取り、連句という芸の行間に棲む魔物の正体が宗匠と重なってみえた。

亜の会のみんなが貞永まことを愛した。その律儀さと潔癖さと団塊の世代特有の理屈っぽさと正義感の強さを。酒に溺れる弱さをも愛した。いい人はなぜあんなに早く逝ってしまうのか。最後の最後まで連句に付き合ってくださった。今もよれよれになったファクスの付句を大事に持っている。いつかまたみんなで、あえるだろうか。

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コメント

春風の花を散らすと見る夢は
  さめても胸のさわぐなりけり  西行

眞鍋天魚の死ぬなと泣きしは、たしかにこの西行のうたを意識の隅において詠まれたものだとおもう。そして山本健吉こと石橋貞吉が死ぬまで追い続けて、とうとう書くことができず終わった西行の、真髄がこの歌にあるように思えてならない。この歌を読むたびに健吉は何を誰を想っただろう。

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