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2005年12月29日 (木)

マリオットの盲点

あれは八月だった。

所属誌「九州俳句」を読んでいたら、国歌君が代についての詳細な研究文が載っていた。ところが最も肝腎と思われる、乙骨太郎乙の一件が抜け落ちているではないか。明治初期外国から人が来て、接待するには国歌がいる。それで何を日本の歌にするか、ごちゃごちゃと気を揉んでいたとき、旧幕臣・乙骨太郎乙という、まるで陰にして陰のおまじないをかけられたような名前をしょった人が「君が代がいい」と進言して、薩摩藩や長州藩の偉い人たちから「それはいい」と賛同を得、これに決まったのだ。なぜこの事実がこんなに詳細な研究論文から抜け落ちるのだろうか。

と思ったとたん、気になって仕方なくなる。私は数年前に司馬遼太郎の随筆で読んで、そのころ「連句誌れぎおん」と九俳に連載していた「暦論」という題の随想に書いた覚えがあった。天下の司馬遼が書いているのだから、周知の事実だろうと思い込んでいたのに、どうやらそれは意外な盲点だったようなのだ。

ワープロが壊れ数年前から使い始めたパソコンで「乙骨太郎乙」を検索すると、二十数件の項目が出てきた。その四番目ぐらいにあった「マリオットの盲点」というブログに妙に心ひかれ、私が引用した司馬の本はいったい何だったのか(うかつにも記録しておらず)、また乙骨太郎乙は本当はどう読むのかを尋ねた。すると、ブログ管理者のアッサムさんは回答を下さった。その答えがまた微妙に違っていて(興味をもたれたかたは、マリオットの盲点を開いてみてください。http://assam226.tea-nifty.com/mariotte/の八月十一日付け辺りです。)、ふしぎと導かれるようなかんじでなんと「沼津明治史料館」まで実際に訪ねてしまったのが、その二ヵ月後の十月であった。

ことばでうまく説明できない。感じてもらうしかない。沼津とはどこで何がある処なのか。それさえよくしらぬまま、行かねばという気持ちが強く興ったとしかいいようがない。つづく

参照『海軍七十年史談』:http://tvarjanka.la.coocan.jp/TVARJANKA/KIMIGAYO/kimigayo.html

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コメント

この記事は「心と体」に分類してますが、自分でもすごい分類だと今感動しました。マリオットの盲点とは何か、調べてみました。視神経の束が出ている処だそうです。でもいわば灯台元暗しって感じで、そこの一点は何も見えないのだそうです。
白洲正子自伝を読むまで、幼少の昭和天皇を養育したのが薩摩の川村純義だったとは知らなかったし、昭和天皇の植物好きにそれが密接に関係することも知らなかった。
沼津に養育所を建てさせたのも純義です。

「盲点」はいわゆる「盲点」です。そのまんまのことです。マリオットというのは人の名前です。フランス人だったかしらん(うろ覚え)。マリオットさんが盲点という個所を発見したのです。ですから盲点の正式名称を「マリオットの盲点」といいます。

て、かんたんにいうけど、よくわからん話だよねえ。実験できるサイトもありますが、びみょう。このマリオットさん、どうやってそのことに気づいたんじゃろう。やってみてん。失敗するけん。距離取りがむずかしい。
あっさむさん、復活おめでとう。死んだかと思って心配してた。

ほんの少しだけ調べますと、マリオットさんはルイ王朝の宮廷医だったそうです。つまりそれくらいの時代の医学レベルでも発見できるものだったということでしょう。
ボクはパソコンのモニターでやったことはありませんが、印刷されたもので実験しましたが(講師として実験もさせませたが)、かなり簡単に体験できるはずですよ。きちんと片目になっていますか。
人間(生き物)の目が2つあるのは、モノを立体的にとらえるという目的と、あとこの「盲点」の欠点を補い合うためにあるんだと思われます。片目だと「盲点」部分に見るべきモノが来た場合、まるで見えなくなるわけですから・・・長くなってしまいました。きりがないのでこれくらいにて。

ちゃんと片目になっていませんでした。ほんとに、きえるね!ふしぎだねえ。(あっさむさんの仕事って何でしょね。)

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