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2005年12月26日 (月)

英語の教科書

姉弟のなかで、末子だけは私立中学に通っている。気がつけば「ゆとり教育」のすさまじい破壊力は色んなところに及んでいた。数年前から近所の小学生に英語と俳句を教えているが、カタカナがうまく書けない子が少なからずいることに驚かされる。そして、それよりもっと深刻なのは、勉強する子達の態度にひたむきさが消えつつあることだ。

私は短大で中学英語教師2級免状を取得したが、それは実際の就職ではたいした役には立たなかった。けれども、OLをしていた20代のころから、近所のこどもたちに英語の教科書をサブワークとして教えることはできたし、続けてもきた。断続的ながらこの仕事を長いスパンでやって来て、いまの時代の問題点をもっともよく映し出していると思うのが、公立中の英語の教科書サンシャインと私立中のニュークラウンの違いである。ふたつを並べてみると、ニュークラウンの教科書には内容に社会性があり、思想がある。

よその国の言葉を学ぶということは、ただ単に会話ができるようになるためではないだろう。その言葉のむこうにあるものとつながるためだ。国はいちばんいいものを子達に与えているだろうか。お金とか物ではない、国の未来をたくすのは教育なのだから。

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コメント

でも、内容に思想や社会性を持たせて視野を広げるためには、なによりも時間がいる。私立がそうできるのは土曜も授業があるからで、それをわすれているかのような書き方は、いやらしいことだ。これを書いて、なんだかとても気が重くなってしまった。

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